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A粗製乱造

 

それからの一週間は酷いものだった。

次から次へと現れ確保される劣化版ルナティック。

その罪名は徐々に軽犯罪化していき検挙数だけが徒に増えていく。

やたらと呼び出され、稚拙なコスプレのルナティックもどきを追い回す日々。

しかもその合間にも他の凶悪犯罪は並行して発生する。

呼び出されて出動して確保して戻ってまた呼び出されて。

犯罪の無限ループに次第にヒーローたちの表情にも疲れが出始めた。

一方でこの事件の捜査は今だ遅々として進んでいない。

「誰かこのような犯行を唆す者がいるのでは。」

そう考えた警察がやっと「偽ルナティック事件捜査本部」を置き、

主にネット上での犯行教唆する者がいないか調べる部署も出来た。

「…で、何の情報も得られないまま事件10件目←今ココってわけですか…。」

「全く…なんて状況なの!

アニエスは長い髪を掻きあげ苛々を隠さずに言った。

「このところ絵になる凶悪犯罪がなくてただでさえ視聴率が低迷してるってのに!

「おい、本末転倒だろその発想は。」

凶悪犯罪の件数がこのところ減少している。

それ自体は喜ばしいことじゃないかと虎徹はアニエスに苦言を呈した。

「俺たちが凶悪事件や大事故を期待したら終りだろ。」

「視聴率低下=スポンサー離れ=アンタ達の活動資金源減少!!分かってんの!?

アニエスは虎徹の鼻先に指を突きつけ一気にまくし立てた。

「ヒーローTV黎明期じゃあるまいし、こんな数字見たことないわよ!!

彼女の興奮にアントニオがまあまあと宥める。

一同もアニエスの言い分自体は理解できると困った表情を浮かべた。

「残念ながら、凶悪犯罪あってのヒーロー制度という点は否定できないわね。」

ネイサンの話にイワンが困ったような息をついた。

「でもこの偽物事件、一つ一つは凶悪犯罪ではないにしろ放っておけないですね。」

「なんせ一件は本物が制裁に来たからな。」

トレーニングセンターに集められたヒーローたちはどうしたものかと困惑する。

「そう言えば、あの学校襲撃犯は何か言ってないんですか?

バーナビーは本物が介入した事件を思い出しアニエスに訊ねた。

「大火傷は負ったようですが、一命は取り留めたと聞きましたが。」

「そうよ!あいつをとっちめれば白状するでしょ!?

親友を襲われた怒りを思い出したのかブルーローズが苛ついた口調で

アニエスに食ってかからんばかりに詰め寄った。

「事情聴取はしたそうだけど、あいつは何も覚えてないそうよ。」

アニエスもハアと重い息をつきながら皆を見回した。

「何の薬をキメたのか、犯行に至る経緯の記憶がごっそり抜けてるの。」

「はあ!?

その話にヒーローたちは怪訝に眉を顰めた。

「薬をキメたって…大火傷で病院に搬送されていつそんな暇が。」

「元々ドラッグ中毒者だったんですか?

通りすがりの学校に押し入り教師を襲い女子生徒を拉致。

まあ薬物中毒者だったというのなら辻褄は通る。

だがアニエスは渋面で首を横に振った。

「ところが尿や髪を精密検査したけど、あの男から薬物反応は出なかったそうよ。」

薬物やアルコール、他の精神疾患も見つかっていない。

あの男の精神状態は極めて正常だった。

警察病院の下した判断はそれだった。

「ただ否認してるだけだろ?そこは刑事に頑張ってもらわないと。」

「そうだな。その案件だけに固執していると全体が見えなくなる。」

ベテランの虎徹とアントニオの言葉に年少組は納得したように頷いた。

「アニエスさん、もう一つだけ確かめてもらいたいことがあるんですが。」

眉根を寄せ考えごとをしていたバーナビーが険しい顔で言った。

「あの学校襲撃犯に蛇の刺青がなかったか、病院に確認頼めますか?

その言葉に虎徹の表情が曇った。

「ウロボロスと関係があると考えてるのか?

せっかく過去の呪縛から解き放たれたのにまたあの組織か。

虎徹は心配そうにバーナビーを見つめた。

バーナビーは端正な顔立ちを一瞬忌々しげに歪め顔を逸らした。

「確証はないんですが、何らかの能力で記憶を消されたのかもと思って。」

 

犯罪に失敗し病院に収容された者が突然の記憶喪失。

何らかの犯罪組織の上の者が末端の鉄砲玉の口を封じたとしたら、

それがウロボロスである可能性もあると思うんです。

…ご心配なく。

両親の仇ジェイクは討ちましたし、

あの犯罪組織全体を慌ててどうこうしようとは思っていません。

ただ、ウロボロスの紋があるならその真意はそれなりに根の深いものでしょう。

一件一件を個別の事件と思って振り回されると奴らの思うつぼです。

まあ、考えすぎだとは思うんですが。

「ネットに踊らされた愚かなコピーキャット」

実態はこの辺がいいとこだろうと思いますが念のために。

 

バーナビーの話にアニエスは真剣な表情で考え込み頷いた。

「病院と警察にはもう一度確認してみるわ。それにしても…。」

皆も彼女と同じ疑問を抱いた。

「連中の目的は何なのかしら。」

仮面の犯罪者を模倣することで己の罪を覆い隠しそれを本物に擦り付ける。

最初ヒーローたちはそう考えていた。

学校襲撃犯を粛清に現れた真ルナティックもそのような趣旨の口上を

言っていたから、大筋での仮説は間違っていないだろう。

しかし…。

「ネットを使って連中を煽る愉快犯か、組織立った犯罪かは分かりませんが…。」

バーナビーは出来れば前者であってほしいと思いながら

居並ぶ他のヒーローたちを見回した。

「誰がしかの第三者が背後にいることには間違いないでしょう。」

 

 

「あの…ネット上で煽る奴のほうは僕が調査してみましょうか。」

イワンが遠慮がちに名乗りをあげた。

「そんなことできるのか折紙!

「すごい、そして素晴らしいよ折紙君!!

イワンは照れ臭そうに頭を掻いた。

「アニエスさん、オデッセウス社に協力要請お願いします。あと…。」

出来れば警察に要請して犯人が使用していたPCを使わせてほしい。

折紙の依頼にバーナビーは目を見開いた。

「先輩、まさかハッキングを?

「バーナビーさん、ハッキングは内緒でやるからハッキングなんですよ?

バーナビーの言いようにイワンは少し悪戯っぽく笑った。

警察の了解のもと犯罪履歴の残るPCを使い、

通信会社に依頼して合法的に回線を遡れば操作方法としては何ら問題ないでしょう。

警察がそれをやってくれれば話が早いのですが…。

その言葉にバーナビーが複雑な表情を浮かべた。

「もし黒幕がウロボロスで、警察にも連中の内通者がいればその情報源が消される。」

イワンは頷いた。

「現時点でこの解析がなされていないのでは、ありえる話ですね。」

二人の会話を分かるような分からないような顔で聞いていた虎徹は

アニエスに向き直った。

「オデッセウスかどっかの会議室借りて、折紙とバニーはネット解析班やってくれ。」

「僕もですか?

その言葉にバーナビーがいささか不満そうな声をあげた。

虎徹はお前の気持ちは分かってるとバーナビーの肩を叩いた。

「犯人がウロボロスかもしれない今、お前も実働部隊に参加したいのは分かる。だが…。」

 

膨大な作業を折紙一人に押し付けるのは酷だ。

だが他のメンバーは機械や通信に音痴すぎて足手まといにしかなりえねえ。

折紙と同じ仕事を出来るのはバニーだけなんだ。

もしこれがウロボロスの犯行だと分かれば、

いざという時は必ずお前の力も借りる。

だからバニー、今はこっちを頼むよ。

折紙先輩を助けると思って。

 

その言葉にバーナビーは束の間逡巡したものの、

最終的には納得して首を縦に振った。

「分かりました。こちらの事は僕と先輩に任せてください。」

そう言うとバーナビーはイワンに向き直り軽く頭を下げた。

「よろしくお願いします。先輩の方がこういうことには習熟されている様子ですし。」

「そそっそんな!ハッキングに習熟なんてしてないですよ!!

僕なんてただちょっとネットかじってるだけでブログもすぐ炎上するし。

突然腰の低くなったイワンに虎徹は笑いながら背を叩いた。

「心配すんな!アングラな調査はこいつが詳しいから!!

伊達に20年も犯罪組織追っかけてねえよなと虎徹はバーナビーの肩に

肘を引っ掛けてからんだ。

「人聞きの悪い言い方をしないでください。僕が詳しいのはウロボロスだけです。」

唇を尖らせるバーナビーの頭をわしわしと撫でて虎徹は言った。

「じゃ、サイバー調査班頼むよ。」

「脚で追っかけるのは俺達ベテラン中年のお約束ってな。」

虎徹とアントニオが笑うとキースが虎徹とバーナビーを見比べて言った。

「となると、私はどっちに入ればいいのかな?

「あらん、貴方は空からの捜索って専売特許があるでしょ?

ネイサンはそう言ってイワンに目配せした。

あのド天然がデータ解析チームにいたら終わる作業も終わらない。

彼女の上手い物言いサイバー班は心の中で頭を下げた。

 

 

とはいえ、今のところ偽ルナティックの新たな手掛かりはない。

虎徹とアントニオは警察を訪ねた。

顔見知りの刑事に挨拶し、留置所に案内される。

「偽物どもに何か共通点があればいいんだけどな。」

「歳も前科もバラバラだったしなあ。」

二人はあまり期待しないほうがいいなという空気を漂わせ、

先導する刑事について留置所への通路を歩いた。

「こちらです。私は表にいますので何かあったら呼んでください。」

刑事はそう言って会釈し、階段室に通じるドアの向こうに消えた。

「おう、お前が偽ルナティック3号だな。」

アントニオは柵の手前に蹲る痩せた若い男に声をかけた。

「…人に勝手に番号を振るな。」

むっつりとした顔を背け、男が不快そうに苦言を呈した。

アントニオはその言い草にハア?と眉根を寄せる。

「何言ってんだ。どうせムショでは番号振られるんだぞ。」

「そんなの人権侵害だ!

他人の権利を踏みにじっておいて自分の権利にはうるさい。

どういう精神構造だとアントニオは拳を握りしめた。

「お前人に危害を加えておいてよくそんなことが言えるな!!

今どきの自分勝手な若者に、柵がなければ一発鉄拳お見舞いするのにと

アントニオは忌々しく柵を睨んだ。

「まあまあアントン、ちょっと替われや。兄ちゃん、こいつが済まなかったな。」

穏やかな虎徹の物言いにアントニオが苦笑した。

「強面の刑事が脅した後に出てくる老獪なベテラン刑事かよ。」

警察ドラマのお約束じゃねえか。

しかもそういうベテラン刑事の方が性質が悪いのが相場だ。

アントニオは虎徹に任せてみようと身を後ろに引いた。

 

「えーと、アンタ名前なんて言うんだっけ。」

虎徹の飄々とした問いにも男は答えようとしない。

「ま、いいや。ところで兄ちゃん、入れ墨入れてないかな。…蛇の奴。」

その言葉に男の瞳孔がスッと開いた。

「兄ちゃんの罪科はヒーローの管轄外でね。俺が聞きたいのはそれだけなんだけど。」

「…入れ墨なんざ、入れてねえよ。」

見ろよと言わんばかりに男はシャツの袖をたくしあげた。

「なんなら裸にでもなろうか?どこにもねえけどよ!!

「…そっか。」

その真偽は警察に聞けば分かる。

要は『蛇の刺青』の意味が分かるかどうか。

虎徹は男を頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見つめた。

「なんだよその眼!本当に蛇の刺青なんか入れてねえって!!

捲りあげた腕には髑髏やバラの刺青が幾つも施されている。

「そんな趣味の悪い彫り物するかよ!!

「そうかあ?蛇ってなあそんなに珍しいモチーフじゃねえだろ。」

虎徹の言葉に男がはっと口を噤んだ。

「俺は日系なんで詳しくはねえけどな。」

キリスト教じゃ蛇は堕落を誘うかなんかの象徴だろ?

お前らみたいなドロップアウト組には珍しくもねえモチーフだ。

なのにお前なんで蛇に過剰反応してんの?

畳みかけるような虎徹の物言いに、男の身体が微かに震えた。

見える範囲に刺青はないが、確実に何らかの関係はある。

瞳孔散大は交感神経によるもので、一瞬の興奮状態を示す雄弁な手掛かりだ。

虎徹は静かで優しげな口調で畳みかけた。

「知ってるだろ、俺の相方20年蛇を追っかけててな。」

男は黙り込んだまま俯いた。

「小学生の時から警察にも鬱陶しがられるほど出入りして聞き込みしたんだと。」

じわじわと追い詰めるような虎徹の口調にアントニオは苦笑した。

「でもさ、警察にも連中の仲間が入り込んでて情報を抹殺されたりしてたらしい。」

でもそれって抹殺されたのは情報だけかなあ。

それとも…。

虎徹の呟きに男が目に見えてガタガタと震えだした。

「なあ兄ちゃん。」

虎徹はにこにこと笑った。

「協力してくれるなら、司法局に掛け合ってお前の身柄をこっちで保護してやれるんだが?

 

 

静かな部屋に甲高い電子音が響いた。

「虎徹さんからメールだ。」

バーナビーは何か分かったのかと慌てて新着メールを開いた。

 

―偽ルナティック3号の身柄ゲット。

―ペトロフさんが直々に管理下に置く条件で証人として司法局に身柄を移した。

―これからそっちに連れて帰る。

 

解析中のバーナビーとイワンはそのメールにほっと胸をなでおろした。

―こちらも気になるアングラサイトを発見。

―その男にこのサイトに見覚えがないか確認したいです。

 

すぐさま返信が返ってきた。

―了解。ペトロフさんにも立ち会ってもらおう。

―バニー、折紙、大変な作業お疲れさん。

―また後でな。

 

 

「さすが虎徹さんですね。」

「バニーちゃん達にあっちを任せて正解だったな。」

漸く真相の一端が垣間見えてきた。

二人は互いに相方の仕事ぶりに流石だと舌を巻く。

「バーナビーさん、この追跡データ…ログ残りませんよね?

「虎徹…お前あれはヤバいだろ。ほとんど恫喝だったぞ。」

イワンとアントニオがそれぞれバディの合法非合法すれすれの仕事ぶりに

若干青くなっていた。

これで解決すればいいのだが。

皆はただそれを願った。

だが今一度、タナトスの怒りに触れるコピーキャットが現れたのは

その日の夜だった

 

 

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