4 fate of death
今、確かに虎徹さんの呼ぶ声を感じた。でも…どうして…。
僕は混乱しそうになる心を何とか落ち着かせ、
論理的かつ整合性のある答えを探し始めた。
5年前の夢を見てるなら、僕なんて出てくるはずがない。
過去と今が混在した荒唐無稽な夢ならそういうこともある。
だがこれはNEXT能力による5年前の現実のリプレイだ。
虎徹さんの夢の再現性はほぼ100%のはず。なのに僕を呼ぶ?
何かおかしい。
実証を根拠にもう一度仮説を検証する必要があるのか。
僕は必死で考えようとした。
気のせいだろうか。
虎徹さんや友恵さんの光景が、靄が掛かったように薄らいだように見える。
違う、この光景じゃない。
直感がそう訴えかけてくる。
「もしかして、僕は根本から間違っていた?」
僕はまさかと頭を振った。
虎徹さんの心に最大のダメージを負わせる悪夢。
そう聞いた時から、その内容は愛する妻の死だと疑いもしなかった。
だが、目の前の虎徹さんではないどこかから、
魂に直接呼びかけられたようなあの声。
<バニー!頼むから目を開けてくれ!!>
確かにそう聞こえた。
そしてあの今の自分の存在そのものを揺るがすようなあの衝撃。
「虎徹さんはもしかして…僕の夢を見てる?」
心のリンクとはさっきの現象を言うのではないのか。
そう考えると、縺れた糸がほどけていくのを感じた。
夢は友恵さんの死ではなかった。
だからいくら呼びかけても虎徹さんの魂は反応しなかった。
頼むから目を開けてくれ…。
たまたま僕と同じタイミングで同じ言葉を、虎徹さんも夢の中で言った?
それであんな共鳴みたいな現象が起きた…。
でもそれって、夢の中で僕が死んでるってことだよな。
なんとまあ縁起でもない夢を勝手に見てくれてるんだ。
まあ、いいか。
文句は現実に戻ってから言わせてもらおう。
僕はふうと一つ息を吐くと、イメージを改めた。
どんな状況だ。
僕はどんな状況で命を落とした。
虎徹さんはどうしてる?
出動現場か、病院か、それとも…。
『友恵さんの死』の光景がぐらりと揺らぎ、その輪郭を失っていく。
描くのは自分の死。
それを悼み、悲しみ、目を覚ませと叫ぶ虎徹さん。
「僕が死んで、虎徹さんは…。」
周りの景色が新しい像を結んでいくのを、
僕はどこかぼんやりとした気持で見つめた。
俺は驚いてバニーの顔を見た。
冷たく青白いその口元はさっきと同じ。
諦観のような失望のような、寂しげな微笑み。
「今…お前、俺に目を覚ませって言ったか?」
俺は信じられない気持と、確かに聞こえたという思いで混乱した。
「なあ、みんな。今こいつの声が聞こえたよな?」
俺は後ろを振り返った。
だが、何故かそこにいたはずの人々が誰一人いない。
ヒーローと会社関係、十数人いたはずの弔問客が忽然と消えた。
「え?なんで!?」
俺は驚いて辺りを見回した。
そういえば、一体いつになったら葬儀が始まるんだ。
ここには神父だか牧師だかの聖職者の姿もない。
途端にこの場所のすべてがおかしいと感じた。
バニーの死を信じたくないという気持ちとは全く違う。
この状況は何かがおかしい。
「なんだよこれ、マジでドッキリみたいな…。」
その時、一瞬辺りの景色が揺らいだように見えた。
「バーナビーの波長が変わりました!」
「ワイルドタイガーとのシンクロ率70%に上昇!!」
「ノンレム期まで10分切りました!!」
次々に上がってくる報告を聞きながら、斎藤は心配げに眠る二人を見守った。
「バーナビー、仮説の誤りに気付いて修正しているのか?」
さっきの爆発的なシンクロの瞬間、
タイガーのバイタルデータが一瞬だけ覚醒期のそれを示した。
そしてほどなくバーナビーの心の波長が姿を変えた。
どうやら、バーナビーの心が夢の中で何かに気づいたようだ。
「素晴らしい!だが時間はあまりないぞ…。」
10分なら、お前らが奇跡を起こすには十分すぎるかもしれないが。
斎藤はあと少し頑張れと二人を励ました。
目を覚ませ!
その言葉から僕の精神が具現化した次の舞台がうっすらと見えた。
視覚と言うより、精神に直接流れ込んでくるイメージ。
ここは…どこかの事故現場だろうか。
どんよりと厚く空を覆う雲。
空気が熱くきな臭い。
辺りに立ちこめる煙と炎。
よりによって、大嫌いな火災現場とはね…。
ああ、そうか。
僕も虎徹さんの受けた能力の影響に引きずられてるのかもしれない。
これは僕が一番恐れてる光景か。
ふと気付くと、僕が目の前に斃れていた。
<バニー!バニー!!>
夢の中の僕は、虎徹さんの腕の中でピクリとも動かない。
ぐったりとしたその身体を抱え、虎徹さんが必死で叫んでいる。
<おい、聞こえるかバニー!!>
煤まみれで大破したヒーロースーツ。
額を伝う夥しい流血。
商売道具の脚に大きな金属の破片が突き刺さっている。
ああ、これはまた苦しそうな最期だなあと僕は他人事のように思った。
<しっかりしろ!目を覚ませ!!なあ!!>
虎徹さんの声が震えてる。
しっかりしろ、目を覚ませはこっちのセリフですよ、全く…。
あと、せめて救命措置ぐらいしてもらえます?
たぶん無駄だけど。
ああ、でもまずいな…あれ、他人事じゃなかったんだ。
このまま精神の同調が上手く行かなかったら
僕も巻き添えなんだっけ。
死ぬんだったか、このまま二人とも悪夢の中か、どっちなんだろう。
ああ、そうじゃない。
時間はあとどれくらいあるんだろう…。
その時また精神に聞きなれた声が響いた。
<あと4分35秒>
ああ、フィードバック装置…だっけ。
どこかで聞いた声だと思ったらスーツのカウントダウンだ、これ。
斎藤さん、時間なくてデータ流用したんだな。
斃れた僕はもう発動光を放っていないから。
後4分半。
虎徹さんにもう一度僕の声を届けたい。
でも何を言えばいいんだろう。
目を覚ませ、死ぬな、しっかりしろ…。
口でならいくらでも言える。
でも、魂の共鳴を求められていたら?
さっきのように、それが僕の本心でないといけなかったら?
同じ想いを同時にぶつけあうこと。
夢を破壊する糸口はそれだ。
<あと2分>
僕ならどう思う!?
今、本当に命が尽きようとしている。
虎徹さんがずっと死ぬなと呼びかけてる。
<あと1分>
好きです!もっと一緒に居たい!!
いろんな言葉をどれだけ放ってもあの共鳴が起きない。
嫌だ!
このまま貴方と離れるなんて嫌だ!!
雨の音だけが聞こえる。
神父も仲間もいない。
俺はバニーと二人きりだ。
これって最後に時間をもらえたってことなのかな。
「なあ、バニー。怒らないで聞いてくれ。」
バニーは静かに眠っている。
「俺、やっと気付いた。お前が好きだったって。」
遅すぎるって怒るよな。
俺があの時気が付いていれば。
撃たれる運命が避けられなかったとしても、
せめて最後に幸せで満ち足りた時間をあげられたのに。
俺はバニーの髪をそっと撫でた。
ふわふわと柔らかいそれだけが、在りし日のあいつと同じ感触だった。
もうじき、こいつも冷たい土の中に埋められてしまう。
もう、2度と会えない…。
仕事中の小言を言うあの声。
甘い物食ってる時の子供みたいな嬉しそうな顔。
出動中の誰より頼りになるその背中。
全部、全部なくなっちまう…。
嫌だ!!
「僕はまだ貴方と生きていたい!!」
「俺はまだお前と生きてたいんだ!!」
魂の叫びが天を突きぬけた。
燃え盛る炎が忽然と消え、曇天の空がさあっと晴れ渡っていく。
祭壇のステンドグラスを打ちつけるように降りしきっていた雨がやんだ。
「虎徹…さん?」
「…バニー…。」
そして僕の、俺の目の前は眩ゆい光であふれ、
意識がすうっとどこか遠いところに昇っていった。