星の河を超えて
1.オムニバスドラマ
「ヒーローTVで『七夕伝説』?」
虎徹の問いにアニエスは得意げに頷いた。
―日本の伝説でオリエンタルタウンにも風習はあるんでしょ?ロマンティックな神話よね。
その話なら元は中国だろうとパオリンに眼をやれば、
彼女は虎徹の視線に気づき「ああの話か」というように頷いている。
だが欧米出身のものがその話を知るはずもない。
「それでタナバタってどんな話なんだい?」
「ロマンティックって言ってたけどラブストーリーなの?」
「なんか昔田舎で聞いたけど忘れたな。なんか雨降るとダメなんだったような。」
「確か…天の神様に引き裂かれた天女とその恋人の話…ですよね。」
「あらあん、切ない話ねえ。」
「さすが折紙さん!日本の事よく知ってるね!!」
パオリンが無邪気に褒めるとイワンは照れ臭そうに頭を掻いた。
「まあだいたいそういうことね。年に一度7月7日だけの逢瀬を許されたってオチみたい。」
アニエスはあっさりと説明し「分からなかったらタイガーに聞いて」と丸投げした
「だっ!お前それでもプロデューサーかよ!いい加減だなー。」
虎徹の抗議に耳も貸さず、アニエスはお黙りと一喝した。
「とにかく、7月7日に特番やるから。撮影は明日からよ。」
出動による中断に備えて収録の期間は長めにとってある。
皆頑張ってもらうわよとアニエスは息巻いた。
「それで企画自体はどんなものなんです?」
バーナビーが訊ねるとアニエスは聞いて驚けと言わんばかりに目を輝かせた。
「その顔、なんかいやな予感がするなあ。」
虎徹の言葉に失礼ねと憤慨しつつも、アニエスは企画の概要を説明した。
「おかしいだろこの企画…。」
虎徹は企画書を見てアニエスが何を狙っているのか分からないと頭を抱えた。
「4話オムニバス構成でドラマ『牽牛と織姫伝説』ねえ。」
「僕たちがペアになって4話連続でそれぞれ違ったタナバタ物語をやるんですか。」
「そのペアで視聴率レースとはアニエスさんらしいな。」
「面白い!そして楽しそうだ!!」
「だ…誰と誰が組むのよこれ。わ…私はタ…誰とでもいいけどさ別に…。」
「どうするかは僕たちに一任するってアニエスさんが…。」
「わあ丸投げだね!!」
「パオリン、それ本人に言っちゃあだめよお?」
虎徹は一同を見回してお前らなと言った。
「そういう問題じゃねえぞ。この場に女子は何人だ?」
その言葉にはっとしたもの、気付かないものが顕著に表れた。
「え?女性はふた…『ああ?』ヒッ!!さ、三人ですね!!」
ドスの利いた声とともに最年長女子から睨まれイワンは上擦った声で答えた。
「でもレースは4組だろ?」
「ヒロインが一人足りない。つまり誰かが女役をする必要があると。」
バーナビーも露骨に嫌そうな顔をする。
「この企画がイロモノネタでなければ虎徹さんとアントニオさんは除外されますね。」
つまり女物の着物を着せられるのは小柄なイワンか容姿に定評のある自分…。
「誰かアントニオ姫でコイバナ演じきれる奴いるか?」
「アタシは組んでも良いけど乙女役は絶対に譲れないわあ。」
ネイサンがしなを作ってアントニオに絡みついた。
「俺が牽牛でも未成年女子とじゃ犯罪だ。結局俺の相手はこいつかよモウ…。」
「またアニエスさんも面倒な企画を…。」
イワンもまずいことになってきたと猫背をさらに丸めた。
資料を見る限り、織姫の衣装は露出がほぼないに等しい。
これならメイク次第では若年男子組でも十分すぎるほど映えるだろう。
「じょ…冗談じゃないわよ!!」
せっかくなら虎徹とカップル役をやってみたいと
思っているカリーナも抗議の声をあげる。
ヒロインが女子3人なら上手く自分と
タイガーがペアになるよう協力してくれるのに。
どうも邪魔なライバルが現れそうな空気にカリーナは唇を尖らせた。
「お…男の織姫ってどうなのよ!!」
「それを言っちゃいけないな。誰かが引き受けるのだから。」
キースの正論にカリーナは分かってるわよとぷいとそっぽを向いた。
うっすら涙目の妹分にネイサンがまだ諦めなさんなと小さく声をかける。
「で、どうやって決める?多数決かくじ引きか。」
公平に決めようとする虎徹の案にバーナビーは首を振った。
「女役をやりたいわけではありませんが…。その案はたぶん無意味です。」
仮にくじで決めて、虎徹さんが織姫役を引いたとします。
アニエスさんがそれを了承すると思いますか?
リジェクトされてもう一回決めろといわれるだけ時間の無駄ですよ。
先に言いますが…折紙先輩、すみません。
どうせアニエスさんの狙いは僕か先輩です。
最初からどちらの織姫がいいか、他の6名の多数決でどうですか?
3対3で引き分けた場合は、そうですね…。
その時点でアニエスさんに最後の一票を入れてもらうということで。
バーナビーの案に周りもそうだなあという空気になる。
(それなら女子三票を折紙に入れれば悪くてもドロー…。)
カリーナもそれならまだ望みはあると頷いた。
「どっちに入れるか…。どっちにしても気が引けるな。」
織姫フラグを回避できたアントニオは済まなさそうに折紙とバーナビーを見た。
「俺は別にバニーと組んでも良いけどなー。やりやすそうだし。」
さらりと言った虎徹にネイサンが咎めるような視線を送る。
カリーナがその陰でばかと小さく呟いた。
「折紙君はそれで良いかい?」
キースはいまだ女装フラグの残るイワンに優しく訊ねた。
「え…あ、僕は…。」
(できれば、パオリンとやってみたかったな…。)
そんな淡い本音を口にすることもできず、口ごもったまま俯いてしまった。
(仕事なら何でもやるバニーはともかく、気の弱い折紙には酷な役か…。)
虎徹は暫しイワンを見ておもむろに言った。
「バニー、お前さ…織姫やるの絶対嫌か?」
虎徹はバーナビーを眼で『悪い』と訴えながら見た。
その意図を汲み、バーナビーは結局こうなるのかと肩を竦める。
「自分で言った以上、投票で過半数取れば完璧な姫君を演じますよ。」
バーナビーは仕事人間スイッチの入った顔で言いきった。
「じゃあさ、あの気の弱い先輩を助けると思って。織姫やってくんねえかな。」
イワンは驚いて顔をあげた。
「そそそそんな!それじゃバーナビーさんに申し訳な…。」
イワンは助け船を出してくれた虎徹には感謝しつつも
自分に気を使わないでくれと必死に訴えた
「…しょうがないですね。分かりました、僕が引き受けます。」
自分の言葉をよそに、あっさり引き受けた後輩にイワンは驚いて目を瞠る。
「っていうか、よく考えたら折紙先輩もダメでしたしね。」
そもそも折紙先輩は顔出ししていないしフルアーマーだ。
顔の全く見えないヒロインなんてありえないでしょう。
結局のところ僕しか選択肢はなかったようですね。
ああ、虎徹さんがアイパッチでというのはあるでしょうが。
日系ですからキモノは僕より遥かに映えるでしょうし。
でも視聴率のニーズから言えばなしですしね。
任せると言っておいて選択肢がないなんて、アニエスさんも人の悪い…。
僕が4人目の織姫を演じます。
その代わり条件が一つあります。
「な、なんですか?」
イワンは自分に課される条件かと思い、こわごわとバーナビーを見た。
「僕の相手役が虎徹さんなら引き受けます。」
その言葉にカリーナがちょっとと声をあげた。
「何よそれ!ふ…不公平じゃない!!」
旗色が悪くなったカリーナはそう強くない語気で言った。
不公平でないことは本当は分かっている。
「皆が嫌がる役を引き受けるのに、そんなに我儘でしょうか?」
バーナビーは余裕の笑みを浮かべてライバルにやんわりと訊ねた。
「ハンサムの言い分も一理あるな。相手が虎徹なら打ち合わせや稽古もしやすいし。」
「ワイルド君なら息もあってやりやすいだろうしね。」
「あの…ありがとうございます、バーナビーさん!!」
「悪いなバニー、女役押し付けちまって。」
「何をいまさら。」
妙に含みのあるバーナビーの返事に虎徹が赤面して顔を背けた。
「じゃあ、虎徹さんと僕のペアで一組は決定ということで。」
わっと周囲から拍手が上がった。
<この腹黒ウサギ!!>
カリーナは歯噛みするが乙女役を回避できた男たちを
まんまと味方につけたバーナビーの圧勝だ。
「やれやれ、今日は女子会ね。美味しいケーキとパスタでもどう?」
ネイサンがカリーナの憤懣を女性らしく発散させてやる。
「どうせならあの鈍感オヤジに本物の天然乙女の魅力を思い知らせてやりなさいな。」
他の織姫は男とオネエとお子様よ。
あんたが一番可愛いに決まってるじゃない。
ネイサンの自分を貶めてまでのフォローにカリーナは涙目で唇を噛みしめて頷いた。
「ありがと…。」
「いい子ね。頑張りましょうね?」
うんと頷く妹分の柔らかな髪を撫でてネイサンはバーナビーを見た。
<ああは言ったものの…。ハンサム凄い美女になる気もするわあ。愉しみ!!>
「誰と誰が組む?折紙さん、ボクとやろうよ!!」
「え!いいんですか!?喜んで!!」
歳が近いからという理由でイワンを指名したパオリンに、
イワンは理由なんて何でもいいとガッツポーズした。
「ブルーローズ、俺と組まないか?策があるんだが…。」
「なによ、なんであんたと組まなきゃいけないのよ。」
「そうよお、アンタはあたしと…。」
「ネイサン、耳貸せ。」
「なんだい?私は誰と組めばいいのかな?」
わあわあと盛り上がる仲間を眺めて虎徹が言った。
「バニー、視聴率は俺たちがいただくぞ!!」
ニッと笑うその不敵な顔にバーナビーは一瞬ドキッとした。
「もちろんですよ。絶世の美姫を演じて見せますよ。」
「ぶは、何か楽しみになってきた。綺麗だろうなあ、お前の織姫。」
「ガタイが大きいのは承知しててくださいよ?」
「んなこといいんだよ。」
きゃっきゃうふふとおっぱじめた二人に6つの生温かい視線が集まる。
「トレセンの中に天の川が見える…。」
「凄い!もうお稽古してるよあの二人!!」
「ちがうわよ、あれはいつもの『リア充爆発しろ』ってやつよ。」
「素晴らしいね!もう息ぴったりだ!!」
「タイガーのバカああ!!」
「お前ら家でやれ!!」
パートナーを決めていた仲間はお前らもう帰れと虎徹たちを
トレセンから摘まみだした。