←TOP


時限爆弾

 

Side K

 

最初にこの感情に気づいたのはいつだったか。

あいつの誕生日…例のサプライズの時には既にあった気もするけど、

あの時はつい調子こいただけで、深い意味はまだなかった気もする。

ヒーローアカデミーでルナティックの野郎が現れて

バニーがいきなりブチ切れて先走った時はどうだったかな。

ああ、あの時ははっきり思ったんだっけ。

 

こいつを守りたいって。

 

いきりたって鋭い回し蹴りを決めようとしたあいつに

手形野郎の凶器が向けられたあの瞬間。

あいつが殺されるかもしれないと、腹の芯が冷たくなった。

その時俺の心は確かに叫んだ。

<もう二度と、大切な人を喪いたくない!!

思ったのが先か、飛び出してバニーの前に回り込んだのが先か。

自分が炎に焼かれる痛みより、あいつが無事でよかったと心底思った。

その後、自分を庇って怪我をした俺にあいつが向けた頼りない表情が、

俺の中でとうに死んだと思っていた感情に火を付けた。

 

もう一度、誰かを守りたい。

もう一度、誰かを愛したい。

 

<ああ、俺バニーのこと好きなんだ…。>

 

それに気づいて、いやもう、びっくりしたのなんのって。

友恵が死んで以来、他人に恋慕の情を抱くのは初めてだった。

そもそも友恵は初恋の人だから、今回のは人生でまだ二回目の恋だ。

それが…。

 

一回りほども年下で。

最初「くそ生意気なガキ」とさえ思った相手で。

それ以前に、男相手にそんな気になるとは。

それでも、一度自覚するともう駄目だった。

ごめん友恵。

俺…なんかとんでもない方向に行っちまったみたいだ。

 

アカデミーの件から何日も経っていないある晩、

バニーの家で二人で酒を浴びるほど飲んで、いろんな話をした。

あいつは潔癖そうだから酒やタバコを心底嫌うタイプかと思ったが偏見だった。

タバコこそ吸わないが、意外にもバニーはザルというかウワバミに近い。

白い肌がほんのりと上気し、妙な色気を醸し出すのには嬉しくも困惑した。

あ、それって俺が変な目で見てるだけか。

そして鯨飲してさすがに少し酔ってくると、意外に饒舌で素直だった。

それは…日頃無理を重ねて覆い隠している、あいつの本当の心のような気がした。

 

俺たちは互いに昔の話をした。

この間、つい激昂して「親を殺されてる」と言ってしまったせいだろうか。

バニーは隠しても仕方ないと開き直ったのか、凄絶な幼児体験を淡々と語った。

 

その事件さえなければ、裕福な家に生まれ優しい親に大事に育てられ、

こんなに必死で突っ張らなくてもよかっただろうに。

そう思うと、痛ましくて可哀そうで。

4歳で両親を失った話は、5歳で母を失い泣き叫んだ幼い楓を思い出させた。

こいつはその時、楓のようにちゃんと泣いたんだろうか。

俺が楓にしたように、誰かこいつを抱きしめてやったんだろうか。

たぶん、そのどちらもなかったんだと思う。

それがあれば、ここまで復讐に心を支配されはしなかっただろう。

けどそれを言うのは、バニーの自尊心を傷つけるだろうから。

復讐は、今こいつの心を支える唯一の大黒柱だろうから。

「大丈夫。きっと見つかるさ。」

俺はそれしか言えなかった。

 

 

そんな話をした後で楓のことを聞かれると少し話しにくい部分はあったけど、

あいつは自ら俺の亡くなった嫁さんや田舎の子供のことを聞きたがった。

「ふにゃふにゃしてて、壊しちまいそうで怖くて。でも、ただただ嬉しかった。」

楓が生まれた時の、言いようもない喜びを話すと

「僕の両親も、そう思ってくれたのかな。」と小さな声で言った。

俺、なんか切なくなってついあいつの肩を抱き寄せちまった。

「もちろんだ。親になる喜びは世界中どこの誰でも同じだよ。」

「そうですか…。」

バニーはワイングラスを唇に押し当てたまま、

俺の手を振り払うどころか肩に凭れかかって俯いていた。

そっと、親が子にするように頭を撫でると、

俺は肩先に微かな震えとごくごく僅かに冷たいものが伝うのを感じた。

 

その時俺は見てしまったのかもしれない。

こいつの心の中にいる、もう一人の小さな弱い自分…。

今も焼け跡に独りぼっちの、たった4歳のバーナビー坊やがいることを。

「護ってやりたい」が「護ってやらないと」に、勝手に進化したのを

俺は酔った頭のどこかではっきりと感じた。

 

あれからずっと俺の心の中で占めるあいつへの気持ち。

それは絶対に知られるわけにはいかない。

特に…今となっては。

 

思えばあの頃は、まだ言いやすい関係だったかもしれない。

「おじさん頭でも打ったんですか。」

そう言ってあの冷たーい視線で馬鹿にしてくれただろう。

ムカつくけど、まだ何もないだけにダメージは小さい。

じゃあジェイクとクリームのテロ事件前あたりだったら…。

「…はあ?その冗談笑えませんよ。」ぐらいかな。

ちょっとは馬鹿な話に付き合ってくれるようになってたし。

ああ、あの頃だったら結構凹むかも。

それでも今ほどには堪えないか。

 

今、この気持ちを言葉にしたら…。

あいつはどんな顔をするだろう。

困った顔か、からかわれていると怒るか。

心底…失望し軽蔑されるか…。

「虎徹さんが僕をそんな目で見ていたなんて…。」

「すみません。もう一緒にいることはできません。バディは解消させてください。」

「…信じて…いたのに…。」

信頼を裏切られ、傷ついた顔でそう言われる自分を想像してぞっとした。

 

俺を虎徹さんと呼ぶようになった、人懐っこく明るい声も。

俺のミスや日頃のドジをしょうがないなあと言いながら見せてくれる笑顔も。

出動の後、酷く疲れているときに俺には見せる弱い一面も。

 

たった一言で、俺はそのすべてを失ってしまうだろう。

「お前が好きだ。」

それは俺にとって、大切なものを木っ端微塵にする時限爆弾だ。

そしてそのタイムリミットが刻々と近付いている。

 

なあ、バニー。

あの時みたいにやってくれよ。

俺の心の中の時限爆弾も導線を切ってくれよ。

このままじゃ俺、お前を傷つけてしまう。

 

木っ端微塵になるのは俺一人でいいから。

 

なあ、バニー…。

 

Side B