彼の後ろ、あなたの隣
1.ブロンドハンター
「ブロンドハンター?」
耳慣れない単語に虎徹が眉を顰めて聞き返した。
トレーニングセンターに召集された一同はそれぞれ
自分のPDAに映るアニエスを怪訝に見つめた。
「それが今回の事件?何やったのそいつ。」
ネイサンが焦らさないでと苛立たしげに訊ねた。
>金髪の白人ばかりを狙った通り魔よ。被害者は男女同数…いえ、6:4かしら。
アニエスは不快そうに顔を顰めてそう言った。
「えっ、男のほうが多いのか?」
虎徹は意外そうに訊ねた。
普通は非力な女性を狙いそうなものだが。
「性的な意味合いは薄いのかもしれませんね。」
「ある種の人種差別的な問題かもしれないな。」
厄介そうな事件だと、人種の異なるヒーロー達は一様に顔を曇らせた。
「それで被害の状況は?」
殺されたのか物盗りか、あるいは傷害致傷か。
アントニオがそう訊ねると、アニエスは忌々しそうな顔で豊かな金髪を掻きあげた。
>法的には傷害になるのかしら。全員ナイフで髪を切られてるわ。
「酷い!!」
そう叫んだのはカリーナだった。
「絶対捕まえなくちゃ!」
被害者の心情に同調したのか、怒りで頬が赤く染まっている。
パオリンとネイサンも事件の悪質さに憤慨を隠さない。
「女の子の髪を切るなんて最低だよ!!」
「徹底的にとっちめてやらなくちゃね!!」
>そうこなくちゃね。ここはひとつみんなで協力して。
女の敵にヒートアップしていく女性陣を一瞥し、バーナビーは単刀直入に聞いた。
「それで、ヒーローTVとしては囮で誘き出そうとでも?」
意気込んでいた女子連がえっと眼を見開いた。
「よく分かったわね。そのとおりよ。」
「いつも先に事件の概要と犯人の所在を言う貴女が一向にデータを言わないので。」
アニエスはさすがバーナビーねと内心で舌を巻いた。
バーナビーはどういうことだとアニエスに噛みつきそうな女性陣を眼で制して、
あえて感情のない淡々とした声で訊ねた。
犯人は今現在どこに潜んでいるか分からない。
武装強盗が街中を逃走しているのと違って、
この手の犯罪者に潜伏されると手も足も出せない。
かといってこのまま被害者が増えるのを
手を拱いて待っているわけにもいかない。
だったら金髪を餌に誘き出そう。
「そういう趣旨でよろしいですか、アニエスさん。」
バーナビーの確認にアニエスは頷いた。
>犯人はいつも覆面単独で犯行に及んでいるわ。
だからこっちの把握している犯人像はこうよ。
年齢は二十代から三十代たぶん前半。
被害者が聞いた犯人の声と言葉づかいから
中年にはなっていない大人じゃないかって。
性別は男性。
体格は身長5.5フィートくらい。中肉中背でやや浅黒い肌だったそうよ。
「それだけかよ。」
「確かに向こうから来るのを待つしかないようだね。」
犯人を印象付ける決定打が何もない。
ハイティーンの子供も40過ぎの中年も犯人の可能性がある。
あまりにもぼんやりとした犯人像に、一同も困惑を隠せない。
>じゃ、犯人の好物の金髪を餌に囮作戦お願いね。
アニエスのその言葉にカリーナは動揺したように自分の髪を握り締めた。
「好物…囮って…。」
毎晩丁寧に手入れしている髪をバッサリ切り落とされる。
そんな光景を想像して、カリーナの額に冷たい汗が流れた。
じゃあ、頼んだわよと言い残して通信はぷつりと切れた。
「で、誰が囮になるかですね。」
イワンが困惑顔で一同を見回した。
非金髪白人の虎徹、アントニオ、ネイサン、パオリンは除外。
残りは4名。
「まずブルーローズさんは論外ですね。」
バーナビーがきっぱり言い切ったのに、カリーナが片眉を上げた。
「ちょっとハンサム!私じゃ力不足だって言うの!?」
囮になるのは怖いが、戦力外と言われるのは心外だ。
不本意そうに口を尖らせたカリーナに、バーナビーは首を横に振った。
「被害者の男女比は6:4、ここには金髪の男性が3人もいるんですよ。」
敢えてジェンダー論を避け合理性の問題にすり替えた
バーナビーの意見に虎徹も頷いた。
「確かに実力の問題じゃない。女の子を囮にするのは俺も反対だ。」
虎徹の庇うような口調にカリーナがほんのりと頬を染めた。
男性のライバルに女だと安く見られるのは嫌だけど、
好きな人に女の子として守られるのは悪くない。
「まあ、タイガーがそう言うなら…囮は譲ってあげるわ。」
「じゃあ、残り3人のうち誰にするかですね。」
バーナビーはそう言いながら眼の端でカリーナを見た。
<虎徹さんの援護射撃、効果絶大だな。>
下がりそうになる唇の端を懸命に尖らせるカリーナに思わず苦笑してしまう。
「僕がやってもいいんですけど、無意味でしょうね…。」
バーナビーは困ったように肩を落とした。
「そうねえ、あんたは顔が割れてるし…。」
「KOHに真っ向から掛かってくるほど馬鹿でもないだろうしな…。」
ネイサンとアントニオはキースのほうを向いた。
「となると、あんたかしらねえ。」
「キースの場合、演技力に問題があるんだよなあ…。」
ああ、とバーナビーの誕生日イベントに参加したメンバーが
またも困惑の声を上げる。
不自然すぎて作戦が露呈するのはまずい。
「そうかい?私は任務であれば努力するよ。そして頑張るよ。」
にこにこと爽やかに宣言するキースに一同は曖昧に笑う。
「あ、あの…。」
それまで黙っていたイワンに一同の視線が集まった。
「僕がバーナビーさんに擬態するというのはどうでしょう。」
全員が首を傾げた。
「言ったろ、有名すぎてバニーじゃ囮になんねえんだよ。」
話聞いてなかったのかと虎徹が咎めるようにイワンに言うと、
イワンは決然とした顔で首を横に振った。
「いえ、そのバーナビーさんも変装するんです。」
イワンはバーナビーのほうを向いて言った。
「ああ!なるほど!!」
バーナビーはイワンの趣旨を理解して頷いた。
僕が変装して囮になり犯人を引き寄せる役。
先輩は別の場所にいる“バーナビー”を演出する陽動作戦ですね。
そうすれば犯人が僕を狙う可能性はある。
ほかのメンバーは犯人を僕の方に追い込んで確保する役に回ると。
バーナビーの言葉にイワンは頷いた。
「バーナビーさんの変装を見破らせないためのダミーを僕が作れば…。」
「犯人がバーナビーを襲う可能性はある。いや、そうするよう俺たちが追いこむ。」
「…決まりだな。」
場を纏めるように言った虎徹の眼に揺らぎがない。
「バニーなら安心して任せられる。囮役、頼んだぞ。」
「はい!」
虎徹に両手でしっかりと肩を掴まれ、バーナビーは力強く頷いた。
「じゃあアタシが最高の変装をしてあげる。」
ネイサンはバーナビーの背後から覆いかぶさるように抱きしめた。
「ちょっと、近いですよ。」
バーナビーが押し返すように腕を突っ張るがネイサンは意に介しない。
「むしゃぶりつきたくなる可愛い兎ちゃんにしてア・ゲ・ル。」
ネイサンは腰の引けるバーナビーにねっとりと絡みついた。
「ははっ。バニー、とびきり可愛くしてもらえよー。」
虎徹は楽しげに笑った。
「ちょっと虎徹さん!他人事だと思って!!」
「他人事だも―ん。」
「最低だこの人!!」
「じゃネイサン、そいつ最高の囮にしてやって。」
身の危険を感じたバーナビーがネイサンの腕から逃れようともがいた。
「任せて。じゃ、行きましょウサちゃん。」
バーナビーを半ば引きずるようにしてネイサンが出て行った。
「バーナビー、大丈夫か?」
「囮というより…生け贄だね…。」
「お気の毒に。」
虎徹以外のメンバーは同情的な目で二人が消えたドアを見た。
「ま、これで餌のほうはいいとして。あとは誘き出し方だな。」
虎徹はどうするというように残ったメンバーを見回した。
<餌って…。タイガーはそれでいいの?心配じゃないの?>
カリーナは虎徹を見て、胸が締め付けられる想いがした。
タイガーは私を女の子として危険から遠ざけた。
タイガーはバーナビーが危険な役をするのを止めなかった。
庇い守られたのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
タイガーの後ろにいる私。
タイガーの隣にいるハンサム。
何が違うんだろう。
どうしたらいいんだろう…。
「…―ズ?ブルーローズ、聞いてるか?」
虎徹の声にカリーナははっとなった。
「おまえー。聞いてなかったろ。いいや、後で説明するから。」
虎徹はしょうがないなと肩を竦めて笑った。
「…ごめん。ちょっと、ぼーっとしてた。」
任務中に注意力散漫だったとカリーナは素直に非を認めた。
虎徹は大して気にもせず、今決定したことを口にした。
「俺とお前がペアだから。よろしくな。」
「え、あ?ああ、よろしくね。って、私とタイガーがペア!?」
ブルーローズは作戦を全く聞いていなかったことを恥じ、
虎徹と組みになったことを知って舞い上がった。