←TOP



2.罠

 

 

細い路地をさ迷うように覗き込み、青年は頼りなげな視線を周囲に向けた。

手にした携帯を見ては辺りの看板などで自分の所在地を探る。

道に迷ったと思しき青年はふうと溜め息をつき、

やがて立ち止まって携帯を操作した。

 

懐でマナーモードの携帯が震えるやいなや、

タイガーはすぐにそれを引っ張り出しメールを見た。

すぐそこにいる青年…バーナビーとの定時連絡だ。

<敵の気配はどうですか?

<今のところどの組からも連絡なし。このまま続けてくれ>

<了解>

短いメールの即レスを何度か繰り返し、

タイガーは再び携帯を懐にしまった。

「…で、どういう状況なのこれ。」

ブルーローズは怪訝そうに言った。

「ああ、PDAは着信音がでかすぎるからってバニーが。」

あと声出すとばれるからメールってのが面倒なんだよなと

タイガーは唇を尖らせた。

「そうじゃなくて。」

ブルーローズはバーナビーのほうを窺いながらタイガーに訊ねた。

「なんでハンサムはあの辺りから動かないの?

「なんでって、ここが犯人追い込み猟のゴールなんだよ。」

私服にアイパッチをしただけのタイガーが小声で言った。

 

ここは3方向の路地の交差点だ。

犯行は全てこの界隈一体で多発してるから、

犯人がここに現れる可能性は高い。

土地勘がなけりゃ逃げきれない蜘蛛の巣みてえな場所だからな。

逆に言えば、人通りも少なくて被害者が表通りに出るのも大変な場所だ。

被害者が警察に駆け込むにも、警察がここに来るにも時間が掛かる。

その間に自分はまんまと逃げおおせる。

大方、ここは野郎の猟場なんだろうさ。

ここの他二つの路地にA班の折紙・ファイヤーエンブレム組、

B班のロックバイソン・ドラゴンキッド組がいる。

上空からスカイハイが俯瞰で監視して怪しい奴が出たら

連絡してくる段取りだ。

スーツなしの年少組がそれぞれの路地で囮になって、

スーツ着た年長組がほかの道に犯人を追いこんでこの道に誘導する。

誘導してこの道に追いこんだらほかのメンバーは元の道に戻る。

退路を断つためにな。

で、犯人がヒーローに追っかけられて撒いたと思った時に、

目の前にあの“最高の獲物”がいるってわけよ。

 

タイガーはそう言って路地の先、

少し開けた広場に佇むバーナビーを見た。

「なんせ犯人の顔が特定されてねえからな。」

「現行犯じゃないとだめってことね…。」

「そういうこと。犯人がバニーに襲いかかるまでは逮捕できねえ。」

タイガーがさらりと言った言葉に、

ブルーローズはまた胸が締め付けられるように痛んだ。

タイガーはバーナビーを襲わせるのに多少の躊躇はないのだろうか。

ヒーローとしての使命感のほかに、

虎徹個人として心配する部分があってもいいのではないかと。

<私だったら…ちょっとさびしいな、そういうの…。>

ブルーローズは切なげに眉根を寄せ、タイガーを眼の端で見た。

 

「にしても、言われなきゃ分かんねえよなー。あれがバニーだなんてさ。」

タイガーはこれまでに何度も言ったセリフをまた口にした。

ファイアーエンブレム渾身のプロデュースによる、

バーナビーの変装は素晴らしい出来だった。

特徴のある眼鏡は黒いセルフレームのありふれたものに変えられ、

白いコットンシャツの上にベージュのざっくりとしたニット。

そして、犯人の大好物である金髪は

いつも以上に丁寧にカールされ、一つに束ねられている。

切れるものなら切ってみろと言わんばかりに。

「シュテルンビルト大学の院生をイメージしたわ―ん。」

とファイアーエンブレムは言っていた。

元が痩せ形の体型も相まって、確かに線の細いインテリに見える。

何処からどう見ても格闘術の達人には見えない。

バーナビーを連想させるアイテムは一切排除したというだけあって

よほど至近距離でまじまじと見なければ変装は見抜けないだろう。

「すごい化けようね…。なんて言うか…地味。」

「ハンサムオーラ完全シャットダウンだろ。」

二人が物陰で声を殺して笑うと、

数メートル先のバーナビーが凄い眼で睨んだ。

「うおっと、さすが兎。耳がいいなー。超聴力ってか。」

「…バニーって綽名、そこから来てるんじゃないよね?

タイガーとブルーローズは眼を交し苦笑した。

何か言ってやりたいが声の出せないバーナビーが

歯噛みしながら、ものすごい眼力でこっちを見ている。

 

その時二人のPDAが鳴った。

タイガーとブルーローズは慌てて回線を繋ぐ。

その音を聞いたバーナビーも表情を険しくするが不審に思われまいと、

広場で待ち合わせでもしているかのような顔で二人から目を逸らした。

 

>こちらA班、折紙!犯人が僕に襲いかかってきました!

黒いニット帽に黒のスカジャンを着た男です!

ファイアーエンブレムさんが追いこみB班エリアに犯人逃走!

 

>こちらB班ドラゴンキッド!

今ボクにも襲いかかって来たよ!!

武器はバタフライナイフ!

ロックバイソンさんがC班の方へ追い込んだ。

タイガーさん、ブルーローズ、後は任せたよ!!

 

>こちらスカイハイ!

犯人はゴールの広場を目指して逃走中。

聞いていたより背が低くて小太りの男だ。

このままいけば1分ほどでバーナビー君と接触!

C班はそのまま潜伏頼む!!

 

立てつづけに仲間からの連絡を受け、

タイガーとブルーローズはそれぞれの配置についた。

大きなゴミ集積ケースの横にタイガーが、

廃墟同然のアパートの入口にブルーローズが身を潜めた。

「来るぞブルーローズ!

「ええ!!

自分たちは犯人の背後を取る作戦だ。

「犯人像ははっきりしたけど、まだ現行犯とまでは言えねえ。」

「バーナビーを襲った瞬間、罪状確定でとっちめてやる!

ブルーローズは身をかがめ、両手をリキッドガンに添えた。

タイガーは物陰に潜んだままバーナビーにアイコンタクトを送った。

バーナビーは鋭い眼でコンタクトを返し頷いた。

路地の反対側からどたどたと重たげな音が近づいてくる。

<来た!

タイガーたちが隠れている建物のすぐ横を、

仲間が伝えてきたとおりの男が息せききって走っていった。

ひいひいはあはあと辛そうな息を吐きながら。

<あんな鈍そうな奴に何人も襲われたのか?

タイガーは何か違和感を感じた。

NEXTだとは聞いていないが可能性はある。

 

広場に現れた小太りの男は広場に出て息を吐くと、

数メートル向こうにいる人待ち顔の青年に眼をつけた。

<おお!すっげえ上玉!!

青年は自分の方に背を向けたまま通りの向こうをじっと見ている。

男はバーナビーに静かに歩み寄った。

その右手にバタフライナイフを握り締めて。

「あのお…済みません…。」

背後から声を掛けられ振り返ったバーナビーが眼にしたのは…。

 

青く光る男の瞳だった。

 

 

→続く