B アントニオとキース
「…って、ネイサンの奴に言われてよ。どう思う?」
アントニオはロックのグラスを揺らしながら、隣に座るキースの横顔を窺った。
キースはジントニックをステア用のプラスチック棒で突きながら思案している。
「だいたい、虎徹はロリコンでもそっち系でもないっての。牛角食べ放題かけてもいい!」
「それでもネイサン君がそう聞いてくるってことは、何か意図があるのかな。」
キースの妙に真剣な顔に、アントニオは単なる与太話なんだけどなと
困った顔を正面に居るバーテンダーに向けた。
キースは言葉を選ぼうとしても無駄かと、ふーっと息をついた。
「どっちもどっち…だねえ…。」
「だろお?それをネイサンの奴、同世代の男目線でどう思うかしつこくてよ。」
お前だって同世代の男だろうとでも言おうものなら、一瞬で焼き肉にされる。
アントニオは答えのない二択に頭を抱えた。
「虎徹に似合うのが@現役女子高生17歳A同僚の男性25歳どっちだと思う」って!
その二択おかしいだろ!!
@ はシュテルンビルト青少年保護条例違反だろ!ヒーローが法を犯してどうする!!
A は…まあ、個人の自由だけど…。向こうも成人してるし…。
でも何なんだ、このしょっぱい二択!!
同世代男子として言わせてもらう!!
どっちも選べません!!選びたくありません!!
キースは苦笑いを浮かべながら、アントニオをまあまあと宥めた。
「その二択…。どう考えても『彼女』と『彼』だよね…。一応伏せとくけど。」
「だろ?あの二人が虎徹をどう思ってるかは知らん。てか、あんまり知りたくない。」
アントニオは虎徹を含む三人の様子を思い出し、はあと大きな息をついた。
最近あの三人の中に、偶に流れる剣呑とした空気。
バッティングした三角関係みたいだと思ったのは自分だけだろうか。
「どっちにしてもよ、おかしいだろ?」
虎徹は今でこそカミさん亡くしてるけど、妻帯者で10歳の子供もちだぜ?
それをブルー…あ、いや彼女みたいな若くて可愛い子が本気になるもんか?
同僚さんにしたってそうだ。いや、もっとありえねえだろ。
アイツなんかほっといたってイイ女のほうがわんさか押し寄せて選り取り見取りだろ。
あー、うらやましいな、ちくしょー。
ともかく、二人とも虎徹みたいなくたびれたオッサンに熱を上げるわけないだろう。
キースはアントニオの散々な酷評に笑いを噛み殺しながらジンを口にした。
「まあ、ネイサン君が何を思ってその二択を君に聞いたのかは分からないけど…。」
彼女のほうは、まあ分かりやすいよね。私でも気付くくらいだから。
きっと誰にも知られてないと思ってるのは当事者だけだね。
学生の頃、素敵な先生に憧れて用もないのに職員室に行ってみたり。
そんな感じじゃないのかな。
なんにしても、多感なお年頃の女性のことだ。
大人として、そっと見守ってあげようじゃないか。
大丈夫、彼女は賢い人だ。見かねるような真似はしないさ。
キースは見るからに初々しいブルーローズの慕情を思い出し、
微笑ましい表情を浮かべてまたジンを飲んだ。
「まあ、むしろデリケートな話になるのは同僚君のほうかもしれないね。」
女子高生が知人の年上男性を慕っても、年上君に分別があれば問題ないだろう。
その辺は彼なら大丈夫。バ…アントニオ君もそこは十分知ってると思うけど。
でも同僚君のほうはそうはいかない。
「彼の気持ち」の噂が真偽どちらであろうと、そのいい加減な噂話の存在が
彼を傷つけることになるからね。
同僚君の件に関しては『知らんぷりを決め込む』が正解じゃないかな。
大丈夫、彼も周囲に迷惑をかける選択はしないさ。
アントニオはやはりキースに聞いてもらって正解だったと思った。
自分の保守的な頭では「ありえねえ。どっちもなし。」しか思いつかなかった。
「さすが、KOH。思慮分別ではやっぱりあんたが一番だな。」
キースは『元』が抜けているよと遠慮がちに笑った。
アントニオはこの穏やかな青年がヒーローランキング首位陥落した今でも
多くの人に支持され、敬愛される理由がわかった気がした。
「あんたに話さなかったら、俺なにか余計な地雷踏んでたかもしれねえな。」
言われてみれば確かに、他人が口出しするのは野暮ってものだ。
虎徹が女子高生に手を出しそうになったら、友達として止める必要もあるかもしれない。
同僚君と良い仲になった場合は…遠く離れて生温かく見守るか。
虎徹の影響だろうけど、最近の同僚君は随分人間らしい顔するようになったしな。
アントニオの言葉にキースはそうだねと頷いた。
「どちらにしても『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえ』ってやつだ。」
「だな。ネイサンにも『どっちか選ぶのは本人だから、ノーコメント』って言っとくか。」
虎徹は実際のところどちらかを選ぶんだろうか。
アントニオはふと思いついて虎徹に短いメールを打った。
「ワイルド君にメールかい?まさか直接聞くわけじゃないだろう?」
「んなことしねえよ…。もしも選んだのがあっちだったら来ねえだろうなー。」
アントニオは何か悪戯を思いついた子供のような顔でメールを送信した。
To 虎徹
Sub一杯やらねえ?
今ヒーローズバーでスカイハイと飲んでる。出てこないか?
ほどなくして虎徹からの着信が、ほぼ即レスで入った。
To ロックバイソン
Re:一杯やらねえ?
悪い!今俺んちでバニーと飲んでんだ。また今度誘ってくれ。
アントニオは苦笑いでキースにその画面を見せた。
キースも少し困ったような顔で笑っている。
「アイツの中の友人ランキング、俺はバニーちゃんより下らしいわ。」
「いや、先約だよ先約。それが大人の常識ってネイサン君も言っていただろう?」
「『タクシー使えばいいじゃなぁい』ってな。」
「『バニーが疲れてるから外はパス』なんだよ。」
二人はやれやれと肩をすくめた。
「これは…俺『生温かく見守る』コースかもなー。」
「あのお嬢さんも、えらいのが恋敵になったもんだね。これは大変だ。」
「まあ、お互い妙な修羅場に巻き込まれないように気をつけようぜ。」
「まったくだね。」
キースとロックバイソンはそう言って笑いあい、飲みかけのグラスで乾杯した。
終