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C虎徹とバーナビー

 

「はあ!?

バーナビーは虎徹の話を聞いて目を見開いた。

「それ…本当なんですか?どうして…。」

どうしてばれたんだろう、そう続けようとしたのを察して虎徹は首を横に振った。

「あー、いや。ばれたって事じゃなさそうだ。他愛ない与太話だろうさ。」

そんな心配すんなと虎徹は不安そうなバーナビーの髪をくしゃりと撫でる。

 

元はブルーローズが『あいつら絶対出来てる』って騒ぎだしたのがきっかけらしい。

でも、ファイアーエンブレムの話では女子高の友達が悪ノリで煽ったんだと。

ドラゴンキッドは『そんなことあるわけない』って決めつけてるらしいし?

傑作なのはロックバイソンの奴だよ。

『虎徹がもしもブルーローズかバーナビーと付き合ってたら牛角食べ放題全員に奢る!

…だそうだ。

俺はロリコンでもそっち系でもないって力説してくれたらしいわ。

まあ、アイツは高校の時からの付き合いだからなー。

いろいろ知ってんのが逆に目隠しになったかもなー。

 

虎徹の話にバーナビーはますます眩暈がした。

「つまり…ほぼ全員が、その噂話を知ってるわけですね…。」

名前が出てこなかったのは折紙とスカイハイだけだが、

思慮深い彼らは何か耳にしていても、決して口には出さないだろう。

「あー…ほんとだ。みんなそういう話好きなんだなー。」

虎徹は今気がついたというように、間の抜けた声で言った。

「特に女子部がなんか姦しいらしくてなー。ブルーローズも悪気はないんだと思うぜ?

虎徹は噂の発信源と知りつつ、ブルーローズを庇うように言った。

それがバーナビーの胸の奥で小さな棘になるとも知らずに。

「…そうですね。高校の時ってそういうことありますよね。」

実際、学生の時そんな他愛ない話で戯れた経験はなかったが

バーナビーがそう言うと、虎徹も懐かしそうな顔で頷いた。

 

ブルーローズがそんなことを言い出した経緯はだいたい見当がつく。

単に周りに否定してほしかっただけだ。

あるいは、先日の飲み会に参加しなかったことでちょっと臍を曲げただけだろう。

根底にあるのはいつも虎徹の隣に居る自分への嫉妬かもしれないとバーナビーは思った。

「本当に、ばれたわけじゃないんですよね…。」

本当はその辺はどっちでもいいのだが、バーナビーはあえて困ったような雰囲気を作る。

そのほうが虎徹には効果的だとバーナビーは知っていた。

「そうそう。だからそんな心配しなくていいから。大丈夫だよ。」

虎徹は案の定、何も気づいていないようだ。

慈しむように髪を撫でる彼の手が心地いい。

この人の鈍さはたまに救いだとバーナビーは心の中で複雑な溜め息をつく。

 

<ブルーローズより、地味にムカつくな…。>

バーナビーがひそかに不快だったのはロックバイソンの『虎徹はそっち系じゃない』

発言のほうだった。

その発言で親友を庇った気でいるのが、バーナビーには面白くない。

<そっち系で悪かったな。僕だってまさかこうなるとは思わなかったさ。>

元々自分に『その気』があったわけではない。

虎徹も寡夫とはいえ既婚者だから、彼も元はそっち系でもなかったんだろう。

元は成り行きだったかもしれないが、自分はいたって真剣だ。

虎徹にしたって自分とは遊びだとは露ほども疑っていない。

それを外野にどうこう言われるのは、やはり不愉快だ。

 

「バニー、やっぱ怒ってる?

虎徹は何か不穏な空気を感じたのか、バーナビーの顔を窺い見た。

束の間俯いていたバーナビーは虎徹に妙に綺麗な笑顔を見せた。

なまじ元が端正すぎるだけに、その顔が怖い。

「…いや、なんか企んでる顔だな、それ…。」

「分かります?

くすくすと笑いを噛み殺すバーナビーに、虎徹は腹の芯が冷えるのを感じた。

「こえーなー。この腹黒ウサちゃんはよー。…で、何思いついたわけ?

 

「来ましたよ。」

その日の午後トレーニングセンターの廊下の角で、

女子部の面々がこちらに向かってくるのを窺い見たバーナビーが虎徹に合図した。

「じゃ、行きますか。」

虎徹も悪戯っぽい顔で笑い、バーナビーに手を差し出す。

二人は並び立ち、互いの手を恋人繋ぎにして廊下の角を出た。

濃密な視線を互いに向けたまま二、三歩歩き、

彼女たちの存在に気づいて、はっとした表情で手を振り払って身を少し離す。

ブルーローズたちの仰天したような顔に噴き出さないように苦心して。

あとは、ぎこちない表情で女子部をやり過ごせば十分だった。

背中に女子三人が凝視する強烈な視線を感じる。

ゴール地点の男子用ロッカールームに入った途端、虎徹とバーナビーは爆笑した。

「あ、あいつら、すげえ顔してたな!噂してたくせに『マジですか!?』みたいな!!

「…わ、笑いすぎて…お腹痛い…。」

「おま…お前でも、爆笑…すんだな…。」

「わ、笑うでしょう、あれは…。」

笑いすぎで呼吸困難になりかけながら、二人は涙目で互いの体を叩きあった。

 

しばらくすると、部屋の外から誰かの話し声が聞こえた。

「お、ロックバイソンと…折紙か。」

「虎徹さん、今度は…。」

バーナビーは素早く次の作戦を耳打ちした。

「マジ!?そこまでやる!?

さすがに仰天した虎徹に、バーナビーはなぜが目が据わっていた。

「毒を食らわば皿まで、ですよ。」

「やっぱ、お前怖えぇな。」

そしてロッカールームの扉が開いた瞬間、全員の時が止まった。

 

虎徹の胸に両手を添え、目を伏せていたバーナビー。

バーナビーの顎に指をかけ、その腰に手をまわしていた虎徹。

二人はわざとらしく、姿勢はそのままに驚いた視線だけを入った三人に向けた。

扉の前でただ声もなく立ち尽くすロックバイソンと折紙、そしてスカイハイ。

やがて扉は静かに閉まった。

ロックバイソンの「…悪い。」というか細い声を残して。

 

「だははは!!ドッキリ成功!!

「あははは…。ロックバイソンさんのあの顔!!眼瞼全開!口まで開いてましたよ!!

「お、折紙、青くなったり赤くなったり…。可愛すぎるだろアレ!!

「…ス…スカイハイさん…なんか…フリーズしすぎて、逆に普通…笑える!!

もう一生分笑ったんじゃないかと思うぐらい、二人は笑い続けた。

 

「で、でさ…。このドッキリ、バニーちゃんの真意はいかに?

まだ笑いながら、虎徹はバーナビーに聞いた。


「え、だって、『ほんとに付き合ってたら牛角食べ放題全員に奢る』んでしょう?

給料前によく言い切りましたよねー。

ドラゴンキッド一人で三人前は余裕で食べますよ?

その日出動あったらもっといくかもしれませんよね。

ロックバイソンさんって見た目通り、漢らしい人ですよね。

 

屈託ない…とはとても思えない微笑みを浮かべてそう言うバーナビーが怖い。

虎徹は彼の怒りの矛先が明後日のほうを向いていたのに仰天した。

「怒ったのそっち!?ブルーローズじゃなくて!?

「彼女のはただのヤキモチですよ。気にするほどのことでもない。」

「へ?あいつ、お前に気があったの!?うっそ、マジ!?可哀そうなことしたかな…。」

虎徹の見当違いな発言に、バーナビーは呆気にとられた。

<…マジかと聞きたいのはこっちですよ…。鈍すぎ…。>

ブルーローズ可哀そうにとバーナビーは心底同情した。

この人の鈍さは功罪一体だなと。

 

「でもさ、お前良かったの?なんか勢いでカミングアウトするみたいなオチになったけど。」

虎徹はぼりぼりと髭を引っ掻いてバーナビーに訊ねた。

 

正直、俺はいい機会だったかもとか思ってんだけどさ。

もしお前が本当は隠しておきたいんなら、

『ドッキリ成功!皆いい加減な噂してんじゃねーよ。』って早いうちに

言っとかないとタイミング逃しちまうぞ。

 

バーナビーは虎徹の言葉に少し驚いたように片眉を上げた。

虎徹は破天荒なように見えて、意外に保守的なところがあるのに。

「虎徹さんは、特に隠さなくてもいいと思ってくれてるんですか?

「ああ、俺はみんなに隠し事する気はあんまねえし。でも…。」

虎徹は言葉を選ぼうとしたのか、中空を見つめてもごもごと口を動かし、

やがて意を決したような顔で向き直った。

 

俺はお前が好きだし、そのことを恥じてはいない。隠さなくてもいいと思ってる。

ああ、さすがにマスコミ公表する気はねえぞ。

信頼できる身内の話な。

けど、それは俺がある程度の人生経験を経たオッサンだから言えることだ。

お前の年代では耐えられないことでも、意外と平気になっちまうんだよ。

でも、お前の歳だと俺が平気なことがすげえ辛いことってあると思う。

だから、お前がもし俺とのことを周りに隠しておきたいと思ってるなら、

俺はお前の意思を尊重する。

お前が周囲の好奇の目が辛くて、それが原因で俺とお前の間に溝ができるくらいなら、

俺は今まで通り隠しておくことなんてどうってことないさ。

それはそれで、スリルがあったりするしな。

 

虎徹がそう言うと、バーナビーは俯いて小さな声で何か言った。

「…って…は…。」

「え?なに、聞こえなかったんだけど。」

バーナビーは俯いたまま虎徹に抱きついた。

「貴方って人はって言ったんです!!

 

僕も、貴方が好きです…。とても…。

ずっと、隠さなくてはいけなくても、そんなこと些細なことだと思ってた…。

貴方を失うくらいなら、それは耐えるべき代償だと思ってました…。

それを、貴方って人は…。

 

虎徹は肩先に埋められたバーナビーの頭をぽんぽんと撫でた。

「バニー、あんま頭押し付けると眼鏡壊れちまうぞ。」

「いいんです。予備はあと4つありますから。」

虎徹はそれを聞いてぷっと笑った。

 

眼鏡の予備4つも持っとくようなお前が、考えもなしにこんな企画しねえわなあ。

下手したら自爆以外のなにものでもなかったんだし。

お前の決死の大博打、お前の勝ちだから安心しな。

俺だって、ずっと日陰にお前を押し込んどくのは辛かったんだ。

でもさ、オジサンになると、怖いんだよ。

お前みたいな勇気がなくて、下手こいて一番大事なものまで無くしちまうのが。

 

そう言いながら、虎徹はバーナビーをぎゅうっと抱きしめた。

バーナビーも遠慮がちに虎徹の背に腕を回す。

 

僕だって、本当は怖かったですよ。

でも、それ以上に許せなかったんです。

いい加減な噂話…まあ、概ね当たってましたけど…。

その無責任な噂話の存在が貴方を傷つけることのほうが。

必死で否定したら、それこそ相手の思うつぼだって…。

必死の否定は、虎徹さんを否定することなんじゃないかって思って…。

でも、肯定することを虎徹さんに拒まれるのが、本当は一番怖かった。

だから…ありがとうございます。

こんな僕の身勝手な賭けに乗ってくれて。

 

虎徹はバーナビーの言葉に眦を緩ませた。

不器用で、真っ直ぐなバーナビーの想いが胸に沁みわたる。

「バニー、好きだよ。」

バーナビーはようやく虎徹の肩から顔をあげ、そっと目を閉じた。

 

 

 

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