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コイバナ

 

@    ネイサンとカリーナ

 

「ねえ、そう思わない?絶対そうだって!!

首に引っかけたタオルの両端を思いっきり引っ張って、カリーナは断言した。

「そうねえ…。ちょっと『あら?』って思わなくもないけど…。」

ネイサンは曖昧な相槌を打って視線を噂の主に遣った。

そこに居るのはチェストプレスに余念のない中年男。

「絶対あの二人できてるわよ!!

絶対を連呼しておきながら、その実誰かに『そんなわけない』と言ってほしいオーラをぷんぷんさせて、

カリーナはなおも食い下がる。

「でもさ、二人とも男だよ?そんなことあるかなあ。」

パオリンは見ていると気づかれないよう、目の端でもう一人の噂の主を窺う。

そちらにはレッグプレスに集中する青年が一人。

<ま、そういう人種はいくらでもいるけどね。お子様は知らなくていいのよ。>

ネイサンはふふ、と意味深に笑い幼い後輩に心の中だけで答える。

「だって、この間だって…。」

その時のことを思い出してカリーナはぷうとふくれた。

「ああ、おとといの飲み会?しょうがないでしょ、先約があったんだから。」

ネイサンは二日前にも同じこと言ったわよと思いつつ、カリーナを宥めた。

 

二日前、虎徹とバーナビーを除くメンバーがここでトレーニングした後、

たまたま誰もこの後予定がないということで飲みに行くことになった。

未成年組はお酒禁止ということで、食事の美味しい近くの店に席をとった。

「タイガーたちにも一応声かけとかない?あ、一応よ!!仲間外れとか…嫌だし…。」

恋心ダダ漏れのカリーナに、ネイサンとパオリンは顔を見合わせ肘でつつきあう。

「そうだね、それはいい。そしてすばらしい!

ダダ漏れの恋心がまるで見えないキースの後押してカリーナはほっとした表情を見せた。

彼が言うと100%ただの「仲間への気遣い」でしかない。

 

「じゃあ、俺が虎徹を呼び出すから誰かバーナビーに連絡してくれ。」

アントニオはそう言いながら太い指で携帯の液晶をちまちまと突いた。

「…だれか、ハンサムのケータイ番号知ってる?

ネイサンは自分の携帯アドレスにバーナビーの登録がない事に今更気付いた。

「ぼく知らない。」

「おや、私もだ。」

「僕もです…。」

「私も知らないわ。」

なんてことだとネイサンは眩暈がした。

「彼と出会って10カ月以上たつのに、誰もハンサムのケータイ知らないって…。」

「だってPDAあるから特に聞く必要ないし…。」

大方、同じ理由でハンサムも教えてないんでしょうねえ…。

ま、アイツだけは携帯番号でもメールアドレスでも知ってるでしょうけど…。

ネイサンがしょうがないとPDAをつつこうとした時だった。

「バーナビーには連絡する必要ないぜ。」

そのやり取りを聞いていたアントニオは虎徹との通信を切りながら言った。

「ああ、ワイルド君と一緒に居たんだね。で、こっちに来るんだろう二人とも。」

キースの屈託ない問いにアントニオは渋面で首を振った。

「今、バーナビーと二人で飲んでるそうだ。前からの約束だったんで今日はパスだと。」

「えー何よそれ、普通こっちに合流しなぁい?

カリーナは思いがけない返事に柔らかな頬を膨らませた。

「しょうがねえだろ、積もる話もあるんだよきっと。」

「毎日同じ会社で顔合わせてて何が積もるのよ!!

ダダ漏れの恋心が不満のガスに変わり、ネイサンは彼女を宥めるのにずいぶん苦労した。

結局「先約を優先するのは大人として当たり前」と一般論で押さえつけた。

 

 

「この間はどうして来なかったの?二人で来ればよかったのに。」

カリーナはトレーニングセンターに来た虎徹を捕まえて二日前のことを問いただした。

「ああ、誘ってくれたのに悪いな。あの時バニーんちで既に飲んでてよ。」

バニーんちという単語がカリーナの虎徹に対してだけは低い沸点を超えさせた。

 

「トレセンの近くの店よ?ハンサムんちから目と鼻の先でしょ?

…アイツんちどこか知らないけど…。」

「二人ともアルコールが入っていたから車が出せなかったんだよ。」

「タクシー使えばいいじゃない。」

「バニーがその日疲れててよ、アイツ顔出ししてるから外で騒がれちゃ気の毒だろ。」

「疲れてるのに飲ませたの?ばっかじゃない!?

「あのな、大人は疲れてるからこそ、飲みたい時があるの。」

「何よ!人を子供扱いして!!

 

「貴方がいなくて寂しかった」

ただそれだけを言えないために、カリーナはつい心にもないことを言ってしまう。

もっとも、虎徹がそんな彼女の言動にいちいち目くじらを立てることはない。

年頃の娘なんかこんなもんだと思っているのがありありとわかる。

バーナビーとは大人の付き合いをするのに、自分は10歳の娘と同列の扱いをされている。

聡いカリーナはそれを察知して、虎徹に「馬鹿!」と詰ってその場を離れた。

 

そこからネイサンたちはカリーナの半分妄想に近い

「あの二人できてる説」を聞かされる羽目になった。

どうやら高校で友達に愚痴を言ったら、女子高生特有の悪ノリでそういう話に

なったらしい。

<まあ、あながち的外れってわけでもないと思うけど…。それは禁句だしねえ。>

ネイサンは前からバーナビーの態度の変化に気づいていた。

 

ジェイクとの一戦で虎徹に助けられてからというもの、

バーナビーは彼にやや過ぎた情を示すようになった。

それは寂しがり屋のくせに人を遠ざけて生きてきた彼の拙い親愛の情かもしれない。

あるいは、カリーナの言う通りのことかもしれない。

そして虎徹も、以前と比べようもないほどの可愛げを見せるようになった相棒に

満更でもないという表情をするようになった。

それが友情なのか愛情なのかは分からない。

いずれにせよ、それは外野が口を挟んでいい事ではない。

 

ネイサン自身がいわゆるマイノリティなだけに、

もし「そう」であれば二人を守ってやりたい気持ちはある。

その一方で、カリーナの幼く不器用な恋心を成就させてやりたい気持ちもある。

 

<ま、他人のコイバナなんて離れて見とけってことかしらね…。>

ネイサンはやれやれと溜め息をついて、暴走寸前の可愛い後輩の肩をやさしく抱いた。

「その続きはよそでしましょうね。当人に聞かれたら嫌われちゃうわよ?

嫌われるという単語にカリーナの肩がびくんと竦んだ。

「じゃ、トレーニング終わったら今日も女子会ってことで、ね?

ネイサンはつくづく自分も虎徹と同じおせっかい属性だなと思いつつ、

この不器用な妹分を援護してやろうかと思った。

<ハンサムのほうが幾分アドバンテージをとっているようだし、ハンデってことで、ね?

 

 

ネイサン編 終り 

 

→イワンとパオリン