この道の果てまで
NC1980 10月31日
プレゼントは用意した。
舞台も決めた。
飯食う場所も予約した。
後は…。
シュテルンビルトの全ての犯罪者と予備軍に告ぐ!
今日は面倒を起こすな!!
招集掛かるようなことがあったら、
正義の壊し屋の名にかけて、全力でぶっとばす!!
あ、火災とか事故だったらぶっとばす相手がいねえか。
ほんとマジでお願いです。
今日は呼び出さないでください。
神様仏様アニエス様!!
「ちょっと、虎徹さん…。いったい何処まで行くんですか?」
車がハイウェイからオーシャンズブリッジへ抜けようとした時、
バニーは驚いたように言った。
「え、言ったろ?飯食う前に寄りたいとこがあるって。」
俺は気付かれないようにしれーっと言った。
「聞きましたけど、オーシャンズ地区に何の用が?」
オーシャンズ地区は部分的には再開発されてるらしいけど、
基本的には工業と流通の拠点だ。
まあ、パートナーの誕生日に行く場所ではない。
「いや、目的地はその向こうだよ。夕方には着くから。まあ楽しみにしてなって。」
「はあ…。」
バニーはまだ少し怪訝な表情をしていたが、やがて窓の外をぼんやりと眺めた。
その景色は鉄骨と機械と無数の電線ばかり。
灰色一色の、無機質で武骨で愛想もくそもない工業地帯。
うんうん、よーく見とけよその景色。
後で絶対驚くからな。
「すごい…。」
すっかり日が暮れた展望台に立ち、バニーは目を丸くしている。
「綺麗だろ。ここからシュテルンビルト全体がよく見えるんだ。」
ここはオーシャンズ地区の東側にある小高い山の上だ。
観光地でも何でもない、俺のとっておきの穴場スポット。
「虎徹さん、よく知ってましたね。こんな場所があるなんて。」
バニーは驚きにちょっと尊敬が混じったような眼で俺を見ている。
「前にいた会社、出版社だったからな。タウン誌とかの。」
俺もここに来るのは何年振りだろう。
最後に来た時は友恵と一緒だったから、10年以上前か。
「シュテルンビルトって、こんなに綺麗な街だったんですね。」
「ああ、『星の街』って、よく名付けたもんだと思うよ。」
あのごちゃごちゃした街が、車で小一時間ほど離れたところで見ると
これほどのものはないってほど美しく輝いて見える。
特に圧巻なのがさっき通ってきたオーシャンズ地区だ。
鉄骨に灯る明かりが地上の銀河みたいに見える。
「すごい…。なんか、それしか言葉が出てこない…。」
バニーは少し潤んだような眼で、光の街と真っ暗な海を見ている。
この時期に来るにはちょっと肌寒いけど、
ここはずっと俺がバニーを連れてきたかった場所だった。
それも、今日みたいな特別な日に。
「誕生日おめでとう、バニー。」
「ありがとうございます、虎徹さん。」
そう言って、バニーは少しはにかんだような笑顔を浮かべた。
うお、いい笑顔!!
これは…今ですか?
今が一番のタイミングじゃないですか、鏑木T虎徹?
俺はジャケットのポケットに手を突っ込み、それを握り締めた。
「バ…バーナビー!」
「は、はい!どうしたんですか、いきなり改まって。」
珍しく本名で呼ばれて驚いたのか、
バニーはいつもより少し高い声で答えた。
俺は両手に捧げ持った箱を突き出すように差し出し、
噛みそうになる舌を必死で動かした。
「お、俺と、け…結婚してください!!」
い…言った。
ちょっと噛んだけど。
「え…。」
バニーは理解が追いつかないような顔で、俺を呆然と見ている。
「えっ!!」
まさか、NOとか言う!?
一瞬青くなったけど、次の瞬間もっとびっくりした。
バニーはその瞳からぼろぼろと涙を零しはじめたのだから。
「虎徹…さん。あ、ありがとう、ございます…。」
バニーは両手で大切そうに箱を受け取り、俺に抱きついてきた。
「すごく…うれし…嬉しいです…。」
そこから暫くはまともにしゃべれないほど、
バニーは涙が止まらなくなってしまった。
でも大丈夫。
こういう時は抱いて背を撫でてりゃ2、3分で収まる。
「俺も。お前が受け入れてくれて、本当に嬉しい。」
俺は何とかバニーに笑ってほしくて、自虐半分でぶっちゃけだした。
ほんとは心臓バクバクいうほど緊張した。
こんな子持ち×1のオジサンの求婚を、
お前みたいな若くて綺麗な子が本当にOKしてくれるのかって。
バニーはそんなこと気にもしたことがないと、サラッと言った。
「僕みたいな面倒くさいやつ、まともに扱えるのは虎徹さんだけです。」
あ、自覚あるのね、その辺。
そういうとバニーは酷いなと笑いながら唇を尖らせた。
「箱、開けてみろよ。」
バニーが落ち着いたのを見計らってから俺はそう促した。
「揃いの…指輪。」
バニーは大きさはそう変わらない二つの指輪を嬉しそうに見つめた。
幅が少し太い、緑の石が嵌ったのが俺の分。
俺のより若干細い、紅い石が嵌ったのがバニーの分。
「どうしても指輪を贈りたかったんだ。
長い間、お前につらい思いさせちまったから。」
バニーが俺の結婚指輪をずっと気にしてることを知っていながら、
いつまでも踏ん切りをつけず、付き合いだして3年間も外せずにいた。
済まなかったと俺が言うと、バニーは首を横に振った。
「でも…いいんですか?亡くなった奥さんとのリングは…。」
遠慮がちにバニーが訊ねた。
「区切りの法要が済んで、楓の希望であいつに二つとも託した。」
そういうと、次世代に引き継がれたことで納得できたのか
バニーはそうですかと小さな声で言った。
「あ、もしかして前にアーサーにメールって…このことで。」
ふと思い出したようにバニーは言った。
「うん。サイズだけならお前のリングの直径測るだけでもいいんだけどさ。」
俺は半月ほど前の顛末を話した。
シュテルンビルトで同性婚姻が合法なのは知ってたけど、
具体的に異性婚と法律上どう違うのか。
著名人でそれをしたがために名声を地に落としたというケースはないか。
そういたことを司法局や自社の過去の芸能ジャーナルで調べた。
バニーの人生を脅かす結果になるなら、諦めなくてはならないと思って。
結果、俺が心配したほど悪い話は見当たらなかった。
無論、人の心の絡むことだから実際にはいろいろあるだろうが。
アーサーにメールしたのは、リングのサイズもだが
オーダーメイドかカスタマイズでこういうものを作れるところを
紹介してもらおうと思った。
バニーに似合うものをさがすという点に置いて、
彼女(?)にはかなわないと思ったから。
これから生涯つける最高の指輪を用意したかった。
俺はお前と一緒に生きていくんだという約束の指輪を。
最後のほうはなんか言ってて恥ずかしかったけど、
しどろもどろになりながらも、何とか伝えられた。
「虎徹さん、喜んで貴方の求婚お受けします。」
バニーは涙目で、でもはっきりした声で言った。
名声なんてどうでもいい。差別されたって耐えられます。
僕が怖かったのは、貴方を失うことだけだ。
貴方が隣にいてくれたら、僕は何とだって戦える。
「はは…。お前の人生って戦うのが前提かよ。」
綺麗な顔してほんとアグレッシブなんだから、お前って。
でも、そうだな。
俺もたった1分になっちまったけど、
お前とならこの力100倍にも1000倍にもしていける。
「ずっと一緒に…行きますよ、オジサン。」
「そうだな、バニーちゃん。」
そっと互いに指輪を嵌めあい、見つめ合って誓いのキスをしようと…。
ビーッビーッビーッビーッ!!
「「・・・。」」
しようとしたらこれだよ!!
空気ぶち壊しで二つのPDAがけたたましく鳴り響く。
「だあっ!やっぱり鳴りやがった!!」
こうなるような気はしてたよ!!
むしろ良く今までもってくれたよ!!
なんであと5分待てないかな!!
「やれやれ…。」
バニーも盛大に溜め息をついた。
俺たちは別の意味で涙目になりながら通信を繋いだ。
<ボンジュー、ヒーロー!!>
あー、アディオスって言って通信ぶちきりてえ。
そう言ったらバニーはアデューのほうがいいですねと呟いた。
<そこのバカップルお黙り!
あんたたち、なんでそんな街外れにいるのよ!!
シュテルンメダイユ地区ウエストシルバーで強盗事件発生よ!!>
ちょっと待て、俺ら二部だぞ。
なんで一部の案件に呼ばれるんだ。
<パワー系が必要なの。手伝ってちょうだい!!>
「依頼風に言ってるけど命令じゃねえか!」
<なんでもいいからすぐに来る!!>
言うだけ言って通信は切れた。
まあとりあえず、その強盗フルボッコ決定―。
グッドラックモードで手刀と足刀同時に入刀してやる。
「バニー、『初の共同作業』やりに行きますか。」
「ケーキより手ごたえありそうですね、それ。」
俺たちはニッと笑うと車に駆け戻った。
俺は法定速度ぎりぎりで山道を飛ばす。
バニーが斎藤さんに連絡を取り、
一番条件のいいトランスポーターとの合流地点を割り出す。
「虎徹さん、オーシャンズブリッジの北側で合流です!!」
「了解!!」
何処までも走って行こう。
お前とだったら何処までだっていけるから。
この道の果てまで、一緒に行こう。
終り