マルゲリータ
@すれ違う心
【虎徹 21:30 】
出動を終えて家に帰ると冷蔵庫に直行。
発泡酒を取り出して、疲れた体をソファに投げ出すようにして座る。
「はーどっこいしょっと。」
一人って慣れてるはずなのに慣れねえなあ。
2部の連中も良い奴らだけど、バニーが抜けた欠落感は想像以上だった。
10年ソロでやってきたのに、あいつとの2年がこんなにも大きかったなんて。
俺はなんだか飲む気のしない缶を弄んだ。
「一時減ってたのに、最近また酒の量増えてきたなぁ…。」
その割に酔えないんで余計に酒量増加のスパイラルだ。
これじゃ友恵が逝った時と同じじゃねえかと溜め息が零れる。
「なんか面白いのやってねえかな。」
気晴らしにTVをつければちょうどヒーローTVライブの真っ最中だった。
よりによってと思いつつも、バニーが気になるので見る。
俯瞰に映る建物からすると立てこもりか銀行強盗かな。
ヘリからのカメラがバニーにズームし、マリオの中継が部屋に響き渡る。
―あーっと!ここでバーナビーが犯人確保です!!
「よし!」
俺はついTVに叫んでしまい満足感とも寂しさともつかないものを感じた。
でもまあ、あいつが活躍するのは嬉しい。
画面にこの事件でのバニーの取得ポイントが表示された。
「バニーは二人確保か。元KOHここにありだな。」
これからどんどんポイント取って、また頂上に返り咲いてほしい。
本音を言うと隣にいられないのはすごく辛いけど…。
俺は口をつけかけた発泡酒の缶をテーブルに戻し、
ぼんやりとインタビューに応えるバニーを見た。
―ゴールデンライアンとの連携はまだ慣れませんか?
「ん、何かあったのか?」
まあ、組んだばかりだし初めはそううまくいかないだろ。
あの新人もかなり癖の強そうな奴だったし。
―そうですね。まだ試行錯誤しながらですがこれから…。
そう答えるあいつの顔を見て俺は驚いた。
「…バニー?」
バニーのマスコミ向けの言葉は俺の耳にもう届かなかった。
「お前…どうしたんだよその顔…。」
眼の下にうっすらとした隈。
頬の線も少し痩せたように見える。
昔を知ってるからこそわかる。
「あいつまた…!!」
あいつは思いつめたり何か悩んでいるとすぐに飯を抜く。
そういう時に無理にものを食べると喉を通らなくて吐いてしまうのだと、
以前やっと打ち解けた頃にあいつはそう言っていた。
そんなに新しい相方と上手くいってないのかそれとも…。
「俺のせいか…?」
このところ俺はあいつから来るメールや着信に返事をしていなかった。
新バディを組んだ直後からバニーからメールや着信が増えた。
最初はちゃんと返事をしていたんだけど、どうにも頻度が多すぎた。
きっと新しい環境に慣れられなくて戸惑ってるんだと思う。
「仕方ありません。会社命令ですから…。」
今の処遇を会社から言い渡されたあの日の事は忘れられない。
出会った頃俺に言った言葉とまるっきり同じことを、
全く違う声のトーンであいつはまた言った。
それは不本意な人事を自分に納得させるような寂しげな言い方だった。
バニーは望んでいなかったんだ。
あいつが俺と別れてひとりで1部に上がることも。
別の誰かとコンビを組むことも。
俺と一緒に1部に行きたい、それが無理なのも分かっている。
どんどん乖離する心と現実。
そんな気持ちの整理がつかないのか、仕事が上手くいかないのか。
でもここで俺があいつにああだこうだ言ってはいけない。
自分自身でライアンと上手くやる方法を見つけないと。
…そう思っていた。
でも本当は、あいつの声を…はっきり言ってしまえば悩みや愚痴を聞くことで
自分の中にある本音を…叶わぬ願いを口走ることが怖かったんだ。
俺だって一緒に1部に戻りたかった…と。
そんなことを言えばバニーは俺を裏切ってしまったと自分を責めるだろう。
だから断腸の思いで俺はバニーのコールを無視し続けた。
忙しくてつい。
問い詰められたらそう逃げるつもりだった。
けど、バニーは問い詰めなかった。
その代わり…食事が喉を通らないほど思いつめていた…。
きっと誰にも言えずにたった一人で。
「あのバカ兎!!」
酒呑まなくてよかったと心から思った。
俺は車のキーを手に家を飛び出した。
【バーナビー 22:00】
「はあ…。」
疲れた。
チェアにどさりと身を投げ出して僕は大きなため息をついた。
無事犯人も捕まえてポイントも取ったのにモヤモヤする。
世間が新コンビを褒めるたびに『違う!』と叫びたくなる。
僕のパートナーはワイルドタイガーただ一人だと。
ライアンは我は強いけど悪い奴じゃない。
まだお互いの事が分かっていないから少しやりづらいだけだ。
大丈夫、そのうち上手くやれる…。
虎徹さんと組んだ時はもっとぎくしゃくしていたんだから…。
ライアンの上から目線の暴言も癪に障るけど流しておけばいい。
僕なんか虎徹さんにもっとひどいことを散々言ってきたのだから…。
そんなことよりモヤモヤするのは…。
僕はふと携帯を取り出して着信履歴を見た。
今日も虎徹さんから連絡はない。
「…裏切ったって、思ってるのかな…。」
再結成した時、これからも二人一緒に2部でやっていこうって言ったのに。
「頑張っていたらきっとチャンスは来るさ。諦めんな。」
僕が1部に戻りたいって愚痴を言った時も、
虎徹さんは2部のやりがいを諭しつつもそう言ってくれた。
「チャンスが来たら俺にかまわず、しっかり掴みとるんだぞ。」
僕の性格を見越して、虎徹さんはそう背中を押してくれた。
虎徹さんは一人で1部に昇格した僕を恨んでなどいない。
きっと寂しいとは思ってくれていると思うけど…。
今の彼に1部の仕事の愚痴なんて言ってはいけない。
だから、少し声を聞きたかっただけだったんだ。
「大丈夫だよ」って、ただそう言ってほしかった。
でも…。
「返事がないのが返事…なのかな…。」
1部と2部はオフィスのフロアも違う。
仕事での接点はほとんどなくなり、最近はここを訪ねてくることもなくなった。
そして虎徹さんからのメールは二日前で途切れている。
―俺はこれからもバニーを応援するよ。
あかの他人みたいなその文章が心に突き刺さった。
嘘つき、裏切り者と罵られた方がまだ楽だった。
マーべリック事件で傾いた会社を立て直すため。
話題作りと新人育成にバディシステムが有効と立証されたため。
嫌というほど聞かされた会社の意向がぐるぐると頭の中を回る。
「厭なら…やめても良いんだよ?」
ロイズさんはひどく言いにくそうにそう言った。
退職すればアポロン系列の2部には戻れない。
結局、どうあがいても虎徹さんと駆け抜けた日々は過去だってことか。
そして、虎徹さんはそれでもなお僕の隣にいようと思うほどには
ずぶとい神経の持ち主でもなかったと。
連絡がないのって…自然消滅を図っているってことなのかな…。
だとしたら面と向かって別れようと言われなかっただけまだましか。
今、彼と冷静に別れ話をする自信は全くない。
捨てないでとみっともなく縋って困らせるに決まってる。
…別れ話…か…。
ああ・・・僕はまた独りになったんだ・・・。
「もう嫌だ…眠りたい…。」
このところ疲れは溜まっているのに全然眠れていない。
虎徹さんと居た頃はずっと治まっていた睡眠障害がまたぶり返している。
「あれ…まだあったよな…。」
僕はのろのろとキッチンに向かった。
ウロボロスを追っていた頃、あの夢のせいで不眠症だった僕は
医者から沢山の睡眠薬を処方されていた。
でも虎徹さんと出逢ってからはほとんど使わなくなり結構な量が残ったはずだ。
薬箱から眠剤のシートを取り出して有効期限を確認する。
へえ、錠剤って使用期限長いんだな。
僕は錠剤シートと冷蔵庫からペリエを取り出しリビングへ向かった。
「…これ、全部飲んだらよく眠れるかな…。」
ふとそんなことを考え、10錠残っていたアルミシートに包まれた粒を眺める。
僕はサイドテーブルに白い錠剤を全部押し出した。
その粒を掌に盛り摘まんで弄んだ。
その一粒が転がって傍の屑かごにポトリと落ちた。
「ほんと…疲れちゃった。」
僕はペリエを喉に流し込んだ。
父さん…母さん…サマンサおばさん…。
僕を愛してくれた人は皆逝ってしまった。
この世にいる、僕を愛してくれたたった一人の人も、僕から離れていこうとしている。
「寂しい…。」
眼を閉じると涙が溢れた。
このままずっと眠っていられたらいいのに。