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Side  Kotetsu

 

あてどなく世界を見て回るのは楽しかったです。

え、オリエンタルタウン?

ああ、旅の終わりに寄ろうかと思ってたんですけど、

たまたま逆方向からシュテルンビルトに戻ってきて。

そこであれよあれよという間にヒーロー復帰。

とうとう行けずじまいだったのがこの旅の唯一の心残りです。

 

俺たちがヒーローに復職してしばらくたった頃

二人飲みの席でバニーはそう言って笑いながらワインを口にした。

「まあ、バニーが楽しくやってたんならそれはそれでいいさ。」

俺がそう言うとバニーは一瞬遠い眼をしてから笑顔を浮かべた。

「二度とできない貴重な経験でしたよ。」

そんなことを言いながら。

なあバニー。

お前…本当は一度来たよな、オリエンタルタウンに。

俺に…逢いに。

そう聞いたらお前はなんて言うだろう。

あの時の俺の言葉はどれほどお前を傷つけただろう。

まだ…俺に望みはあるか?

バニー…。

 

 

納品先のカフェは友恵の姉さんの店だった。

うちの酒屋を贔屓にしてくれるのはありがたいが、この店に納品に行くと

必ず義姉さんが足止めして止め処ないお喋りをかましてくるのが難点だった。

その日も例にもれず、義姉さんのオバちゃんトークが炸裂した。

仮にも妹の元旦那だった男にやれ再婚しないのか、

シュテルンビルトに居たのに恋人の一人もいないのかと

聞ける野次馬根性は呆れるを通り越して感心する。

恋人?

居ましたとも。

一回りも年下で超美人でスタイルよくて仕事もできる、

誰もが振り返るようなすんごいハイスペックな恋人がね。

男だけど。

そう言ったらぶったまげるだろうなあ。

言ったが最後、町中に『虎徹がゲイになって帰ってきた』と

言いふらされるのが目に見えてるから言わないけど。

ま、こういう時は建前でものを言うのがオリエンタルの大人ってもんだ。

「俺は友恵一筋だよ。今までもこれからも。」

まあ、亡き妹に操を立てられれば姉としてはそれ以上追及できまい。

わはは、俺の勝ちだ。

そう思った時だった。

店の奥にいた客がいきなり立ち上がった。

そいつはつかつかと俺の前を通り過ぎ、カウンターに20ドル紙幣を置いた。

「お釣りは結構です。」

「え!?

早口の英語でそう言うと客は俺を見向きもせず出て行った。

一瞬他人の空似かとも思った。

この辺では珍しいアッシュブロンドは以前より少し長い。

眼鏡の下の透き通る翡翠色はどこか疲れた色をしていた。

やっぱり間違いない、今のは確かに!!

後を追おうとする俺を義姉さんが引っ張った。

「ねえ、今の外人さんなんて言ったの!?

ああ、これだからこの町から出た事ねえオバちゃんは!!

足早に去っていくあいつを眼で追って俺は義姉さんの手を振り切った。

「『釣りはいらねえ』って!悪い、俺急ぐから!!

店の外に飛び出した俺は、見慣れた赤い車に乗り込もうとする男に叫んだ。

「おいバニー!!

あいつは聞こえなかったのか聞こえないふりをしたのか。

田舎町には不釣り合いな紅いスポーツカーは物凄いスピードで

国道の方へ走り去って行った。

「だっ!バニー、待てって!!

俺はもう誰もいない道路に叫んだ。

 

それからメールも電話もしたが、バニーからの返事は一切なかった。

それはつまり、あれが紛れもなくバニー自身だったという証明ではある。

他人の空似なら『何言ってるんですか?』ぐらい言ってくるだろうから。

そして、返事がないのは俺の義姉への建前を真に受けたからだ。

生粋のオリエンタル人である義姉ならともかく、

バニーに日系的建前なんて分かるわけがない。

それに気になるのが、バニーの様子はあまりにも変だ。

何の連絡もなく突然やってきたことも。

あのどこか疲れ果てたような、少し痩せた顔も。

あいつ、何かあって俺に助けてほしくてここまで来たんじゃないだろうか。

そこへさっきの「俺は今も昔も友恵一筋」発言。

言いかえれば、自分とは遊びだったともとれる残酷な言葉…。

違う!

俺は本気でバニーを愛していたんだ!!

決して友恵のいない寂しさを紛らわす慰みなんかじゃない!!

でも…そう受け取ったよな…。

シュテルンビルトから車で半日もかかるこの田舎まで

俺を頼ってきてくれたのに、俺はなんてひどいことを…。

「バニー、ちゃんと話を聞いてほしい。返事をくれ。」

留守電にメッセージを残した俺の声は震えて何とも情けないものだった。

俺は情けない男かも知れない。

でも、あいつをこのままにはしておけない。

 

俺は次の日朝イチの列車でシュテルンビルトに向かった。

バニーに会える確証なんてなかったけど、

メールも通話も黙殺されている今、あそこに行くよりほかなかった。

行けば、バニーが今苦しんでいることが何なのかくらいは分かるだろうと思った。

行ってみて驚いた。

とりあえず駅で買って目を通した幾つもの新聞に躍るあいつの名前。

それはかつての称賛ではなく、

バニーをマーべリックの手先と罵る徹底的な糾弾だった。

墜ちたメディア王の寵児。

シュテルンビルトの黒き騎士。

一般紙はそれでもまだマシな方だった。

オリエンタルタウンまでは届かなかった酷いゴシップの数々は、

長年メディア系企業に居た俺でも眼を逸らしたくなるものだった。

シュテルンビルト暗黒王の寵妃。

心もカラダもマーべリックに染められた偽りの英雄。

見出しだけで反吐が出そうだ。

スタンドで売ってる新聞だけでこのざまだ。

TV、ネットなんかの媒体を数に入れれば途方もない量の

根も葉もない嘘が市民の負の感情を煽る。

そしてバニーは外に出れば心ない市民の非難を直に浴びることになる。

今まで命がけで守ってきた人々が、あいつをとことんまで打ちのめした。

バニーのあのやつれた顔はそのせいだったんだ。

俺はあまりの有様に眩暈がした。

そんなひどいことってあるかよ!

バニーは何度連絡しても返事をよこさない。

俺はあいつのマンションにも行ってみた。

どこから漏れたのか、その周りにもカメラを構えた連中がうろうろしている。

マンションの警備員はバニーの件でパパラッチが連日押し掛けたのか、

ウンザリした表情で俺を遮ろうとしたがふと表情を変えた。

「ワイルドタイガーさんですね。」

小声で俺にそう言った初老の警備員は俺にそっと教えてくれた。

バニーは今朝早く海外に旅に出たと。

行先は聞いたがよく知らない土地で名前が思い出せないとも。

「バーナビー様から、もしワイルドタイガー様がきたらこれをと…。」

警備員さんが差し出してきたのはメモに走り書きのメッセージだった。

俺はそれを目にした時、背中が粟立つのを感じた。

 

<虎徹さん、今までありがとうございました。さようなら。>

 

ちょっと…まてよ。

メールも電話も出ないくせにこのメッセージ。

あいつは俺がここに来るという一縷の希望を残して旅に出たのか。

さようならって…。

どういう意味のさよならだよ!!

まさか、親父さんたちのとこに行く気じゃねえだろうな!!

 

俺は遺書のようにも見えるそれを握り締め、震えが止まらなかった。

このままじゃいけない!

なんとか、バニーの誤解を解かないといけない!!

俺は警備員さんに礼を言い、マンションの外に出た。

物陰に居るパパラッチどもを忌々しく睨みつけながら。

そしてふと思った。

 

目には目を、歯には歯を。

情報には情報を。

 

バニー。

今の俺にどれだけの事が出来るかは分からない。

でも、俺に出来ることは何でもするよ。

今の俺の精いっぱいの力でお前を守ってやりたい。

俺は携帯に並ぶ名前を片っ端から当たった。

ベンさん、ロイズさん、アニエス。

良識派で知られた報道関係の知り合いも片っ端から当たった。

今となってはただの一般人の俺に

彼らはどれだけ応えてくれるか不安はあった。

だが、彼らもまた、バニーを取り巻くこの酷いゴシップ合戦を

忸怩たる思いで見ていたらしい。

アポロンメディアがバニーの身の潔白を訴えても効果はない。

諸悪の根源たる前CEOを恨めしく思いながら、メディア界のベテランたちは

方策を見出せずただ静観するしかなかったのだそうだ。

そして、彼らは俺の頼みを快諾してくれた。

むしろこちらが頭を下げてでもお願いしたかったくらいだと言ってくれた。

陣頭指揮はアニエス。

さすがにその後の仕事は早かった。

3時間もすると全てのお膳立てが整った。

バニー、お前今どこに居るんだ?

この放送がどうかお前に届いてほしい。

 

アポロンメディア・OBC合同の緊急記者会見。

ワイルドタイガー最後の咆哮だ。

 

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