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Side  Kotetsu

 

激しく明滅するフラッシュを俺は正面から見据えた。

形式上はロイズさんとベンさんも同席しているが、

今回のバーナビーの潔白表明は俺一人でやらせてもらうことになっている。

特別顧問はペトロフ管理官。

ペトロフ管理官は法的な件に関してのみ答えてくれることになっている。

彼もまた、この件は名誉棄損罪にあたると協力の要請を快諾してくれた。

さあ、闘いが始まる。

 

>ワイルドタイガーさん、なぜ今になってこのような会見を?

 

俺…私は皆さんもご存じのとおり、能力減退による引退後、故郷に戻っていました。

私は新しい生活に馴染むため敢えてヒーロー関係の報道を見ない生活を送っていました。

見ていれば…大切な相棒がこのような苦境に立たされていると

もっと早くに知ることができたのに…。

今はただ、そのことを後悔しています。

私はバーナビーがこのような不当な非難を浴びる現状を黙って見ていられず

アポロンメディア、OBCの両社に今日この席を設けていただきました。

 

>バーナビーは潔白だと!?

 

『バーナビーさん』だろう!

あいつは犯罪者じゃないんだ!

報道に身を置くものなら言葉に気をつけろ!!

…失礼。

バーナビーは潔白です。

それはデビュー以来ずっとそばにいた私が証明します。

あいつは確かに故アルバート・マーべリック被告の後ろ盾を受けていた。

だがマーべリック被告の思惑はどうあれ、

バーナビー自身は何も知らず、誠心誠意、命がけでヒーローとして

真面目に活動していました。

一部の捏造報道にあるような八百長などしていない。

そもそも、そんなこと他社のCEOやヒーローが許すはずも見逃すはずもない。

もっといえば、そんなことがあれば即座に司法局が動いて

バーナビーはライセンスを剥奪されたはずだ。

 

そのタイミングでペトロフ管理官が発言の挙手をした。

「司法局の目は節穴ではありません。ポイント制度において

ブルックスさんの成績は確かに彼の業績によるものと証明します。」

ペトロフ管理官の威厳のある話し方に、

報道陣がしんと水を打ったように静まり返った。

 

>バーナビーさんは今どこに居るんですか?

 

バーナビーは今シュテルンビルトを出ています。

貴方がたの事実無根の報道が市民の悪感情を煽り、

バーナビーは何の咎もないのに外を歩くことさえままならないほどの

嫌がらせや罵詈雑言を浴びていたようです。

彼は私に会いに故郷まで来てくれたのですが、

ちょっとしたすれ違いがあって、一瞬顔を合わせただけに終わりました。

ですが…バーナビーは驚くほどやつれた顔をしていました。

彼の身に何かあったのは明白でした。

メールも電話も出ようとしないバーナビーに私は異常を感じ、

それで私は今朝早くにこの街に戻ってきました。

途中で新聞を読んで驚きました。

ゴシップ紙のみならず、一般紙までもがこぞって

バーナビーをバッシングしているのですから。

私はシュテルンビルトに着いてすぐ、彼の住まいを訪ねました。

どこから個人情報が漏れたのか分かりませんが、

バーナビーの家の周りにはカメラを構えた方々がウヨウヨいましたよ。

彼が身の危険を感じるのも当然だ。

現在、バーナビーの行方は不明です。

この街にはいないということ以外には。

 

>潔白なら堂々と我々の前に姿を現わせばいいのでは?

 

「…すいませんロイズさん。そろそろいいですか?

ロイズさんが頷いたの機に俺は本気を出した。

「久しぶりに言わせていただきます。『ワイルドに吠えるぜ!!』」

記者たちが呆気にとられて黙り込んだ。

 

あんたらいい加減にしろよ!?

寄ってたかってバニーをデタラメ報道で追い詰めやがって!!

正々堂々と姿を現せ!?

そんなことはまともな取材をしてから言えってんだ!!

マーべリックが死んで、バニーが姿を現さないからって

死人に口なしと言わんばかりに好き勝手言いやがって!!

八百長!?

分かってんのか?

他のヒーロー全員をも侮辱してるんだぞそれは!!

犯罪者の先鋒!?

あいつはたった4歳でマーべリックに両親を殺されたんだ!!

そのうえ記憶や家族同様の大事な身内まで奪われて!!

あいつがどんな思いで今まで生きてきたか想像すらできねえのかよ!!

ふざけんな!

マーべリック事件の一番の被害者はバーナビーブルックスjr!!

しかもマーべリックの色小姓みたいな気色の悪い大ウソ記事まででっちあげて!!

あんたら報道人として以前に人として恥ずかしくないのか!!

もう一度言うぞ!

バーナビーは潔白だ!!

それでも言いたいことがあるなら俺に言え!!

あいつの相棒であるこの俺が相手になってやる!!

 

ロイズさんが隣ですっと手をあげた。

潔白表明はここまでだ。

俺は荒くなった息を整え、ロイズさんに耳打ちした。

ロイズさんが一瞬躊躇したのち、良いよと言ってくれた。

 

あー、ここからは私ワイルドタイガーから

行方不明の相棒バーナビーへのメッセージとさせていただきます。

公共の電波を使っての私的な呼びかけになりますがご容赦ください。

バーナビーの命が掛かってるかもしれないんで。

 

報道陣は固唾をのんで俺を見ている。

俺は目の前の連中への怒りを抑えるため一つ息を吐いた。

左手の薬指をもう一度確認する。

大丈夫、これでいい。

 

>バニー…。

今まで辛かったな。

気づいてやれなくてごめんな。

でも、もう大丈夫だから。

だから、ここに帰っておいで。

 

俺は左手をカメラに向かって差し出した。

どうかこの手の意味に気づいてくれ…!!

 

>今どこにいるんだ?

この会見を見てたら連絡してほしい。

「今までありがとうございました。さようなら。」

こんなメモ紙一枚で終りにしないでくれ。

俺これみた時、遺書かと思って血の気引いたんだぞ?

 

遺書という言葉に報道陣がざわめいた。

自分たちの根拠のない報道が無実の若者を死に追いやろうとしていると

漸く気がついたらしい。

 

>バニー、お願いだ。

どうか馬鹿な真似だけはしないでくれ。

お前らしくないぞ。

こんな不当な仕打ちに屈するなんて。

俺、ずっとお前の事待ってるから。

だから、帰っておいで…。

 

俺の呼びかけに報道陣が静まり返った。

アポロンメディア、OBC合同の社運をも掛けた記者会見は

沈黙のうちに終了した。

 

俺がベンさんやロイズさん、ペトロフさんに挨拶していると

アニエスがタブレットPCを持って駆け寄ってきた。

「タイガー、これ見て!

それはたった今行われた会見に対するネットの反応だった。

 

>バーナビーが犯罪者ってあれガセだったんだって!?

>アポロンのライバル会社が裏で糸引いてたんだって。

>うわーきたねー。

>お前らさっきまで鵜呑みにしてたくせにクソわらかすww

>バーナビー、苦しんで失踪したってほんとかな。

>タイガー宛てに遺書残して行方不明ってやばくねえ?

>無実なのに八百長とか色小姓とか大ウソいわれりゃ消えたくもなるわ。

>タイガー、マジカッコよかったww

>なんてバディ愛あふれる会見w俺もう虎廃になりそうww

>でもバーナビー可哀そう…。

>タイガーがいたら立ち直れるよ。

BBJ目撃情報ここにUPすべし!

 

あれほどの糾弾が嘘のようだった。

まあライバル会社云々はどっから出てきたんだって思うけど。

「それからこれも」

今度は株価のチャートだった。

マーべリック事件以来どん底だったアポロンメディアの株価が急激に高騰、

反対に捏造報道に熱心だった報道各社の株価が急落している。

「世間がもう反応してるってことか…。何ともまあ…。」

どいつもこいつも人の言うことに右往左往…。

喜んでいいのか悪いのか、俺は微妙な気持ちになった。

「こんなの序の口よ。これからもっと風向きは変わるわ。」

あんたのお手柄よとアニエスが笑っている。

「しかしあんたもやるわね。」

アニエスは意味深な笑いを浮かべて小声で言った。

「あんた、トップマグの時からのコネをフル動員して何人か潰したでしょ?

さすがアニエス様。

一番どぎついデタラメ記事を書いてたフリーライターを数人、

この業界で飯食えないように根回ししたの、もうばれてんのか。

「正義の壊し屋ここにあり、ね。ああいう手合いは消されて当然だわ。」

「メディア関係に通算10年もいりゃあ、このくらいはな。」

「ま、あんたのおかげでOBCも持ち直しそうだし、ありがとう。」

「アニエスに礼言われるとむず痒いな。」

「『何やってんのタイガー!!』このほうが落ち着く?

そう言ってアニエスはくすくす笑った。

「ま、バーナビーもきっとすぐ連絡してくるわよ。あの呼びかけ、ぐっときたもの。」

そうだといいけど…。

どんなに風向きが変わっても、もしバニーがすでに最悪の選択をしていたら…。

そう思うと心は晴れなかった。

「後は相棒を信じて待ちなさい、タイガー。」

アニエスはそう言って手をひらひらと振りながら去って行った。

 

俺は指輪のない左手を見て溜め息を吐いた。

「今も昔も友恵ひとすじ」

決して嘘ではないが、俺がいつまでも指輪を外さなかったことが

今回の件で崖っぷちに追い詰められたバニーを奈落へ突き落した。

バニー、いつまでも煮え切らなかった俺を許してくれ。

どうか気付いてほしい。

友恵は死んで、俺は生きている。

そしてこの手をお前のために空ける用意はあるのだと。

この左手は、逃げたウサギをこの手に取り戻すための最後の賭けだ。

 

さあ…帰って来い…。

My  lil' bunny…。

 

side Bunny