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2.襲撃

 

 

「ちっ!!逃げやがったか!!

「まだそんなに遠くへ行ってないはずだ!!

WTは一分しか持たねえしBBJは逃げてから一時間経ってねえ。殺せ!!

人んちの扉を蜂の巣にして踏み込んできた連中は

無遠慮に家の中をざっと見まわしてターゲットがいないのを確認して引き揚げた。

やれやれ。

家ん中でぶっ放してレジェンドコレクションや友恵の写真を壊してたら

抑えが利いたか自信なかったわ俺。

どうやら派手な手段で襲撃してきたわりにはあまり腕はよろしくないようだ。

ありゃ、どう見ても下っ端中の下っ端だね。

同じウロボロスでもジェイクの方が相当腕利きだったし、クリームの方が格段に利口だ。

入団テストぐらいしたらどうだウロボロスよ。

いや、あいつらはCEOが個人的に雇ったチンピラかもしれないな。

構成員がヒーローに捕まったら面倒だと考えればありうることだ。

「はー、来たのが小物で命拾いしたな。」

俺は連中が去ったのを確認して息を吐いた。

「…すみません…やはり巻き込んでしまった…。」

暗い納戸に響く沈んだ声。

俺は手探りでまだ少し湿る金の髪をそっと梳いた。

「そういう考え方はなしだっつったろ。」

その時、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえた。

銃撃の音で誰かが通報したんだろう。

 

「…よし、出て良いぞバニー。」

俺は床下収納の扉を跳ね上げるとバニーを引っ張り上げた。

その手が燃えるように熱い。

くそっ!

コンクリ造りの寒いとこに隠れたからバニーの体調がまた悪くなったみたいだ。

「…行きましたか…。」

バニーはまだ警戒した顔つきで辺りの物音を探るように首をめぐらせた。

その時パトカーのサイレンが家の前で止まった。

「ごめんくださーい。」

警官が二人、事情聴取に来たようだ。

助かったのか一難去ってなんとやらなのか。

バニーは素早く眼だけで俺に『上に居る』といい、

音もなくその身をロフトに忍び込ませた。

「ごめんくださーい。Mr.カブラギ、いませんか?

「はいはい、今出ます!

俺は平静を装ってドアを開けた。

「おまわりさん、ご苦労様です。」

Mr.カブラギ…いえ、ワイルドタイガーさんですね。」

年配の警官は声を潜め俺に向かって敬礼した。

「こちらで銃声がしたと聞いたので伺ったのですが…。」

「ああ、ついさっきやられましたよ。ドアがこのざまだ。」

俺はもはや何の用も成していないボロ板を揺すった。

「一体何があったんですか?

「ちょっと仕事がらみで逆恨みされたようです。まあ、俺自身はこのとおり無事ですが。」

「さすが不死身でいらっしゃる。」

若い警官はそんな軽口を叩いてから辺りを見回した。

「ところで今お一人で?

年配の警官は家の中を覗き込むような顔で言った。

「ええ、俺はやもめっすから。」

「いえ、バーナビーさんはご一緒ではないのかと思いまして。」

警官たちの眼が鋭く光った。

こいつらやっぱり。

普通だったら犯人を見なかったかとか先に聞くことあるだろうよ。

へったくそな演技だよなあ。

「バニーは今日は接待だとか言ってました。売れっ子も大変なんすよ。」

「それはそれは。ところで事件現場を検証させてもらっても?

家ん中探る気か。

「どうぞ。ああ、散らかってるのは元からなんでお気になさらず。」

「じゃ、お邪魔しま…うぐ!!

警官二人が俺の前に立った瞬間、俺は連中の延髄に手刀をぶちこんだ。

猫のように音もなく走り寄ってきたバニーと二人がかりで

さっきの床下収納に二人を放り込んだ。

「拳銃と改造警棒…スタンガンまで。この悪徳警官。」

バニーは熱で火照った顔してるけど、さすがの機転だ。

二人の身体検査をさっとして身分証と武器全てを没収した。

「見たところ入れ墨はありませんね。賄賂で買収された口でしょう。」

「バニー、一応その武器どれか持っとけ。護身用だ。」

今の体調では得意の蹴り技で応戦もできないだろう。

能力回復するまでのつなぎにちょっと借りとけ。

俺がそう言うとバニーは素直に頷いてスタンガンを懐に忍ばせた。

俺が蓋を閉めて何か押さえるものはないかと見まわしていると

バニーがダイニングテーブルを引きずってきた。

「ひっくり返して上に載せておきましょう。」

お前こういうお仕置きじみたこと考えるの速いね。

俺は重いテーブルをひっくり返し蓋の上を覆うように乗せた。

 

台所の床下からドタバタと暴れる音がする。

丸腰だから自力で出てくるまでには少し時間が掛かるだろう。

必死で持ち上げればちょっとは蓋が浮いたから空気くらいなら入るはずだ。

いくら悪党とはいえ、俺んちで窒息死されたんじゃ気持ち悪いからな。

 

「んじゃ行きますか。」

俺は納戸から古い合羽を引っ張り出してバニーにかぶせた。

「スタイリッシュとは言い難いが大雨の中の変装にはちょうどいいな。」

「カビ臭いです…。干さずにしまったでしょう…。」

「文句いう元気があるなら大丈夫だな。逃げるぞ!

「逃げるってどこへ。」

「とりあえず逃げ回る!!

ノープラン丸出しな俺の言葉にバニーは硬い表情で首を振った。

「ブロンズは危険です。ウロボロスの下っ端の大半はブロンズとダウンタウンに居る。」

ウロボロスがらみに関しちゃバニーの方がベテランだ。

「お前の経験から言って、どこが一番手薄だ?

「シルバーの繁華街です。人が多いから派手な行動がしづらく、構成員が少ない。」

ウロボロスはブロンズの一部とダウンタウンに鉄砲玉がウヨウヨしていて、

上層部は今回の某社CEOみたいにゴールドステージの富裕層が占めていると。

意外にもシュテルンビルトで一番人口が多い中産階級の地区が一番手薄なんだそうだ。

「とりあえずシルバーに上がってどこかに身を隠そう。」

誰か仲間を頼れるといいんだが…。

アントンの家はブロンズだしネイサンはゴールドだ。

スカイハイはシルバー在住の独身だが…隠密行動には向かない。

未成年組は出来たら巻き込みたくない。

「斎藤さんに…トランスポーターを回してもらいましょう…。」

そう言いながらバニーは少し咳き込んだ。

まずいな。

何とか安全なところで休ませてやりたい。

その意味では恐ろしく目立つがトランポはうってつけの逃げ場だ。

俺は斎藤さんにメールを打った。

「あと、アニエスにも連絡しとくわ。PDAの爆音で居場所知られたら命取りだ。」

俺は各方面に連絡を入れ終わると、バニーの様子を確かめた。

「…だいぶ熱上がってきちまったな。頑張れよ、一緒に逃げきるぞ!!

バニーは小さく頷いた。

「後20分ほどで能力が回復します…。それまで、援護お願いします…。」

任せとけ。

絶対お前の事暗殺なんかさせねえから!

俺の力はたった1分だけど、絶対お前の事守るから!!

俺は辺りを伺うとバニーを連れて夜の雨の中を駈け出した。

 

車で逃げたら目立ちすぎる。

タクシーやハイヤーも誰に連中の息が掛かっているか分からない。

バニーが能力発動してまで公共交通機関を使わなかったのは

それだけ逃走ルート上に居る人間すべてを警戒したからだ。

ならば、俺もそれに倣う必要がある。

それに階層エレベーターやモノレールはもう営業を終えているし、

やっていたとしても利用すれば市民を巻き込む恐れもある。

「しょうがねえ、ワイヤーで飛ぶか。」

「いくらなんでも距離がありすぎるでしょう。ムチャですよ。」

バニーは信じられないというように眼を見開いた。

「それができる場所があるんだなー。まあ、任せとけ。」

跳べる場所までは少し距離があるから、何とか頑張れよ。

俺はバニーの手を引いてその場所へ急いだ。

 

ワイヤーでちょっとした塀を跳んだり廃墟の中を縫うように走ったりして、

俺たちはなんとかその場所へたどり着いた。

シルバーステージの土台が露出した場所に隣接する古い廃ビル。

俺のワイヤー階層移動スポットの一つだ。

「あの柱にワイヤーを引っかけて上に上がる。何度もやってるから心配すんな。」

「はい。虎徹さんを信じます。」

可愛いこと言えるようになったよね、お前。

とはいえ、夜の雨でけぶる鉄骨が少し見えづらい。

くそっ!

前はそこの正面に照明付きの看板があって見やすかったのに。

看板の広告元が撤収したのか、白紙のビルボードに消灯された照明が

所在なさそうにぶら下がっている。

「居たぞ!!

だっ!!

これまた漫画みたいなタイミングで追手が出てきやがった。

「くそ!!絶対逃げきってやるからな!!

俺は必死で角度を調整した。

振り子の原理で上に上がれないところにぶら下がっちまったら格好の標的だ。

明日の朝俺たち二人の死体がシュテルンビルト港に浮くはめになる。

「こっちは任せてください。」

バニーが追跡者どもと俺の間に立ちはだかった。

息が荒いのが心配だが、なんといってもこいつは元KOHだ。

信じて任せるしかない!!

「捕まえたぞヒーロー…ぎゃああああ!!!!

凄まじい悲鳴に俺が振り向くと連中はバニーに触れることもできず

数メートル離れたところで折り重なって倒れていた。

「へ?何したのバニーちゃん!?

「これだけの大雨が降ってたのは僥倖でした。」

バニーはそう言って連中の傍を指さした。

大きな水たまりに青白い稲光をスパークさせる小さなスタンガン。

全身ずぶぬれだったから効果絶大だ。

「すっげ、ドラゴンキッドみてえだな。死んでねえよな?

「残念ながら彼女ほどの威力はありませんよ。まあ十分痛いでしょうけど。」

バニーはふふっと楽しそうに笑った。

殺し屋に追われて、雨の中熱も出てるのに楽しそうに。

お前、敵対者にはとことんドSだよな。

まあそういうとこ嫌いじゃないけどな。

 

「よし、いいとこについた!行くぞバニー!!

素早く駆け寄ってきたあいつの腰をしっかりと抱きビルの床を蹴る。

空を切る音が耳を突く。

必死でしがみついているバニーの熱い体温と荒い吐息を感じる。

俺たちはどうにかシルバーステージの端に辿りつくことができた。

「よーし、着陸成功。」

俺は体操選手のように万歳で天を仰いだ。

「凄い…本当にワイヤーでステージ移動するなんて。」

バニーは断層から見えるブロンズの地表を見て今更驚いている。

「トップマグ時代はよくやったんだよ。」

チェイサーもトランポもない会社だったからな。

移動手段は俺自身だったってわけだ。

さあこれからどうしようかと思ったその時、俺たちを強烈な光が照らしだした。

バニーが警戒したように半身に構える。

「大丈夫、斎藤さんたちだよ。ほら。」

闇の中から真っ赤な車体が俺たちの前に姿を現した。

あらかじめここに着地すると伝えておいてよかった。

やっと屋根のあるところに行ける。

こんな大雨に打たれ続けたんじゃ俺もずぶぬれでさすがに寒い。

「バニー、よく頑張ったな。もう休めるからな。」

「虎徹…さん…。」

そう言うとバニーは力尽きたようにその場に倒れた。

「バニー!?おい、バニー!!

慌てて抱え起こしたその身体はひどく熱かった。

 

続く