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3.野望

 

熱いシャワーを浴びて、トランポに置いてあった予備の着替えに袖を通す。

ハードボイルド映画みたいなドタバタの幕間に俺はやっと人心地ついた。

俺でもこれだけ疲れたんだ。

もとから熱のあったバニーは大丈夫だろうか。

とりあえずソファに寝かされたバニーに飲ませてやろうと、

備え付けの冷蔵庫からスポーツ飲料を取り出してラウンジに戻った。

「どうすか、バニーの様子は。」

俺はバニーについていてくれた斎藤さんの側に腰を下ろした。

「また熱が上がったようだ。」

斎藤さんは心配そうにバニーを見た。

38℃。バーナビーのバイタルデータは平熱35.7℃だからかなりの熱だ。」

はあはあと浅く速い息を吐くバニーが虚ろな目を俺に向けた。

「バニー、ちょっと起きてこれ飲め。脱水症状になっちまう。」

「はい…。」

起きるのも辛そうなバニーの背を支え、なんとか水分を補給させた。

眩暈もするんだろう、座っているのがやっとの状態だ。

バニーが縋るように寄りかかってくるのを俺はただ抱きしめてやるしかできない。

可哀そうに。

なんだってこいつがこんな目に遭わなきゃいけないんだ!!

俺は汗で張り付いた前髪を払ってやった。

「辛いだろ、今病院に連れて行ってやるからな。」

バニーは顔を顰め首を横に振った。

「ダメ…です…。そんなことしたら…市民が巻き添えに…。」

俺と斎藤さんは顔を見合わせた。

「でもバニー、このままじゃお前…。」

「僕なら大丈夫…。病院はダメです…。奴らはそこがどこでも襲ってく…。」

バニーは言葉の途中でげほげほと激しく咳き込んだ。

「分かった、分かったからもう休め。」

俺はバニーの背を摩って咳が治まってからそっと寝かせた。

「バーナビー、我々は何としても君を護る。たとえ相手が犯罪組織でもね。」

「ありがと…ござい…ます…。」

バニーはそれでやっと安心したのか、気絶するようにそのまま眠った。

雨に打たれたのもあるけど、きっと一番の原因はそれじゃない。

以前からよくしてくれてた人がウロボロスで、

自分を利用しようとしたことが相当堪えたんだろうな…。

家に来た時のバニーの様子がおかしかったのはそのせいだったんだ。

マーべリックといい、そのCEOといい、

どうしてどいつもこいつも、寄ってたかってこいつを傷つけるんだよ!!

俺はやり場のない怒りを抑えるのに必死だった。

 

「ところでロイズ部長からもう聞いたかい?

斎藤さんは小さな声をさらに潜めて俺に言った。

「ロイズさん?いやまだ何も…。」

俺は携帯を取り出すと着信履歴を見た。

「ああ、逃げてる時に何度か連絡来てますね。メールも。」

俺はロイズさんからのメールを見て驚いた。

あまりに長すぎるからか添付ファイルに書かれた本文は、

社外秘ものの企業犯罪レポートだった。

 

―虎徹君へ

連絡が遅くなって済まない。

実は以前からバーナビー君を引きぬこうとする動きが他社にあった。

我々はそれを断固阻止するとともに、その会社の正体を探っていた。

それがやっと分かったよ。

社名は「アレステクノロジー」。

表向きは精密機器会社だが、その実態は兵器製造会社だ。

戦乱の神の名を戴くテロ支援組織と考えて良いだろう。

社屋のシンボルを作るとすれば『己の尾を咥える蛇』だ。

そしてアレスCEOはバーナビー君に接触したスポンサーだったんだ。

バーナビー君はアレスは精密機器会社としか聞いていないはずだ。

…真実を知っても記憶操作されたかもしれないね。

というのも、アレスとの付き合いは必ず前社長が同伴していたからだ。

前社長と懇意だったことを考えると、

アレス社は事実上ウロボロスのダミー会社と考えて良いだろう。

そこにヒーローBBJを擁して世間の眼を誤魔化そうというわけだ。

バーナビー君はおそらく何らかの脅迫を受け、必死で逃げた。

そして君たちの襲撃事件に繋がるようだ。

狙いはおそらくヒーローを擁することで大手7社の円卓会議に名を連ね、

シュテルンビルト市政に干渉することだろう。

この件はヒーロー二人でどうにかできるものではない。

決して捕まえようとか思わないように。

私もペトロフ管理官や他の線に協力を要請している。

前社長と変わらないかなり性質の悪い相手だ。

君たちの任務は「今は無事に敵の攻撃を避けること」だと言っておく。

特にバーナビー君はウロボロスが絡むと見境がなくなるから。

虎徹君、彼を頼んだよ。

 

俺は大きすぎる話に言葉を失った。

ウロボロスの兵器製造会社がバニーを引きぬき?

いや、引き抜きなんてビジネスライクなもんじゃねえ。

実態は連中がバニーを脅迫して利用しようとしているだけだ。

でも一つ疑問が残る。

「ヒーローを抱えたいなら新人を立てればいい。なぜバニーにこだわる?

すぐに実績が欲しい?

それだけの理由にしてはあまりに荒っぽすぎる。

所属ヒーローはなにがなんでもバニーでなくてはならなかった?

兵器製造会社がバニーを必要とする理由…。

「まさか…アンドロイドの権利?

斎藤さんが強張った声をあげた。

「バーナビーはアンドロイドに関する権利をご両親から相続しているはずだ。」

斎藤さんの話によると、バニーはご両親からアンドロイド関係の利権を

知的財産の登記として相続している。

そのほかにもマーべリックの私邸にあった大量の資料、データ類も

警察と司法の管理から最近返還されたらしい。

おそらくその家はマーべリックがロトワングに研究施設として貸していたものだろう。

マーべリックはバニーに私財のすべてを相続させる手続きをしていた。

せめてもの罪滅ぼしのつもりか、自分が楽になりたかっただけかはもう分からないが。

バニーの方は『そんなもの相続したらまた何を言われるか』と言い、

マーべリックから遺贈された資産をすべて犯罪被害者支援団体に寄付したそうだ。

だがアンドロイド関係は悪用されることを恐れて全て自分のものとした。

H-01のようなアンドロイドをこれ以上作らせないために。

その心配が今、現実のものになりつつある。

 

H-01 のような兵器を輸出すれば莫大な利益になる。」

「アンドロイドを作るためにバニーを自社に抱え込もうとした?

それができればヒーローBBJの生み出す利益とアンドロイド兵器の利権で

アレス社は押しも押されもせぬ最大有力企業になるだろう。

ことにあの優柔不断なお飾り市長が市政のトップに居る限り、

アレス社のCEOは第二のマーべリックになりうる。

「そんなことのためにバニーを…!!くそっ!!

俺は怒りで手の震えが止められなかった。

 

―大変なことが…他に…話せる人がいなくて…。

CEOの後ろから、エージェントのような黒服が拳銃を持って入ってきて…。

―連中は僕が従わないと知るや、アポロンや虎徹さんの名前を出して…。

―みんなに迷惑をかけたくなかったら蛇の刻印を受け入れろって…。

 

バニーが俺に話そうとしたことの全貌がやっと分かった。

どれほど怖かっただろう。

ヒーローだとかハンドレットパワーだとかそんなの関係ない。

自分がそれを受け入れれば何十万何百万という人命を奪うことになる。

自分がそれを拒否すれば自分とゆかりのある人々を危険にさらす。

そんなの、まともな人間に出来る選択じゃない。

「バニー辛かったな…。」

俺は眠っているバニーの頬をそっと撫でた。

長い睫が震え、ゆっくりと現れる翠の眼。

「虎徹…さん…。」

「あ、起しちまった。ごめん。」

熱で朦朧としているバニーの手を俺はそっと握った。

「ロイズさんから事情は聞いたよ。大変だったな。」

バニーはアレス社の事を言われていると理解したのか哀しそうに眉根を寄せた。

「皆をこんな危険に巻きこんでしまいました…。でも僕一人ではとても…。」

掠れる声で言うバニーに俺は首を振った。

「よく頼ってくれた。すげえ嬉しいよ。」

バニーは熱で潤んだ目を細め、少しだけ笑った。

その場で何らかの決断を一人でせず逃げることを選んだこいつは賢明だ。

自分は独りじゃない。

今のこいつはそれを知っていることが俺は嬉しかった。

「バーナビー、預かっている資料類はすべて社の金庫の中だ。」

斎藤さんはバニーを安心させるように言った。

「君しか知らない番号と僕しか知らない番号を揃えなければ開かない。安心しろ。」

つまりバニーを拉致して拷問したって金庫は開かないってことか。

「君のご両親の遺産をもうあんな使い方はさせない。科学者の誇りにかけてもね。」

斎藤さんにとって『素晴らしい機械を悪用すること』は許しがたい犯罪なんだろうな。

あの事件の後、H01の事を『最高の出来だが最低の代物』と吐き捨てたそうだから。

「バニー、後の事は俺たちで作戦を考えてみる。お前はもう少し眠ってな。」

いざとなったらお前の5分間は俺たち全員にとっての切り札になる。

だから、今は休め。

俺がそう言ってバニーの髪を梳くと、バニーは素直に頷いた。

「僕はタイガーのスーツをチェックしてくる。バーナビーを頼むよ。」

斎藤さんはそう言って奥のチャンバー室に向かった。

「ゆっくり眠りな。俺がついてるから。」

「はい…。」

疲弊からかすうっと眠りに落ちたバニーに俺は誓う。

 

お前は男でヒーローだから俺が守るなんて言ったら嫌がるだろ。

まして能力が1分しか持たない今の俺じゃあな。

でも、俺も男だから。

愛する者を護りたい欲ってのがあるわけよ。

だからバニー。

今夜は黙って守られろ。

誰が来ようとお前には指一本触れさせねえ。

 

俺はバニーの熱っぽい唇にそっとキスした。

 

さあどうするワイルドタイガー。

俺はヒーローとしての自分に自問自答する。

このままアレス社を放置することはできない。

俺たちだけでは荷の重い相手かもしれないが、

それで諦めるならヒーローの器じゃない。

連中はきっとまた仕掛けてくる。

その時こそ、万全の態勢で返り討ちにしてやる。

俺の大事な相棒をここまで苦しめた報いは受けてもらうぞ。

 

 

続く