4.迎撃
「それで、これからどうするつもりだタイガー。」
斎藤さんに聞かれ俺はない知恵を振り絞った。
俺の制限時間は一分。
バニーは戦闘不能、何としても守らねばならない。
敵の素性から言えば斎藤さんを前線に置くのも危険だ。
「一旦アポロンメディアに。ロイズさんに相談しましょう。」
ここまで来たら他のヒーローにも協力願う必要もあるかもしれない。
敵の狙いが円卓会議の席、ひいてはシュテルンビルトの治安そのものなら
もうバニーやアポロンだけの問題じゃない。
「そうだな、なんにせよ情報も少なすぎる。バーナビーの事も心配だしな。」
斎藤さんはそう言ってソファで荒い息を吐くバニーを見た。
「ほんとは病院で点滴でも打った方がいいんすけどね…。」
俺はもどかしい思いでバニーの熱い額に触れた。
今俺たちが病院に行けば他の入院患者や医療関係者にも被害が及ぶ。
そんなバニーの気持ちは分かるがこのままでは…。
「とりあえず社の医務室に連れて行こう。ここよりはましだろう。」
斎藤さんがそう言って内線でドライバーに帰社を指示しようとした時だった。
ガガガガガッ!!!!
凄まじい銃撃音とともにトランスポーターの車体が揺れた。
「くそっ、来やがったか…。」
トランスポーターはヤバい現場にも出向く車だからとタイヤも含め
多少の装甲は施してあるそうだが、それでもいつまでももつもんじゃない。
「行くんだろう?ちょっと待ってろタイガー。」
斎藤さんは素早くチャンバーに駆け込み装着システムの起動を始めた。
そのときキィンと不快なマイクノイズが響いた。
―バーナビーに告ぐ!ただちに我々の許に降れ!!
―さもなくばこのままそのトレーラーごと貴様を始末する。
―仲間を巻き込みたくなかったら大人しく要求に従え!!
何だと!?
連中はもう一度同じ通告をした。
―これが最後の通告だ。従わないならその車ごと死んでもらうぞ!!
「きったねえ!!なんてやり方だ!!」
憤慨する俺の後ろでガタンと音がした。
「バニー!?」
振り返るとバニーがフラフラしながら外へ行こうとしている。
「馬鹿!どこ行く気だ!!」
俺はバニーの両肩を引っ掴んだ。
バニーは可哀そうなほど弱い力で身を捩った。
「放してください。僕が行かないと皆が…。」
俺の手も振り解けないほど碌に力の入らない身体で何をするってんだよ!!
「ダメだ行かせない。」
俺はバニーを抱きかかえた。
「虎徹さん!お願いですから放して…。」
バニーが哀願ともいうような悲痛な声で言った。
「お前が行けば何万という人が死ぬ。そうだろ。」
俺がそう言うとバニーの眼が見開かれ、悔しそうに唇を噛んだ。
「言ったろ、お前のハンドレットパワーは切り札だって。使い時は今じゃねえ。」
俺はバニーをラウンジに戻すようにそっと押し放した。
「俺が行く。一分野郎の心意気見せてやるぜ。」
チャンバーの方から戻ってきた斎藤さんが経緯を察したのか、
小さな手でバニーの手を取りソファへ促した。
「すみません、こんな時に全く役に立たないなんて相棒失格だ…。」
バニーは熱で上ずった声で辛そうに言った。
「そんなに自分を責めるなよ。」
お前は何も悪くないのに。
俺はバニーの両肩を今度は正面からそっと掴んだ。
「バニー、こんな機会でもないと言えないから言う。」
「なんですか?」
バニーは怪訝そうに首を傾げた。
「たまには護らせろ。」
今のちょっとカッコよすぎた?
俺はなんか照れ臭くなってそのままチャンバー室に飛び込んだ。
「…ばか。」
扉の向こうでバニーが何か言ったようだったけど、
それは周りのシステム起動音に掻き消されてよく聞こえなかった。
プラットホームに立ちスーツが次々と装着されていく。
ヘッドパーツを被り準備完了だ。
さあ、ワイルドに吠えるぜ!
外へ出た俺を待ち構えていたのは重火器で武装したチンピラどもだった。
その数ざっと見て…30ほどか。
こいつら正気かよ。
この程度の軍勢で本気のバニーを下せると思ったのか?
それともバニーを脅迫し服従させるならこれで十分ってか?
…気に食わねえな。
「待たせたな。てめえらの相手は俺だ。」
連中はああ?と品のない声をあげた。
「なんだ一分野郎!お前に用はねえんだよ!!」
「バーナビーはどうした!まさか元KOHさまがビビったってんじゃねえだろうなあ!!」
げらげらという耳障りな嘲笑が辺りに響く。
まー元気だけは良い連中だな。
でもこいつら、ほんっとに救いようのねえ馬鹿だね。
俺を本気で怒らせたんだから。
「てめえらみたいな使い捨ての駒、俺一人で十分だ。」
「なんだとこの老いぼれヒーローがあ!!」
ほんと馬鹿だ。
この程度の挑発で頭に血が上ってバニーの事を忘れやがった。
俺はさらに煽ってやることにした。
サムアップした指を地面に向ける。
「てめえらなんか1分要らねえよ。」
「ほざけえええ!!!」
俺が能力を発動した瞬間、サブマシンガンが開戦の火を噴いた。
ワイヤーを鞭のようにしならせ、無駄に密集していた連中を打ち倒す。
俺に銃口を向けた奴の懐に飛び込み砲身を捻じ曲げる。
30秒経過、連中のうち立っている奴が1/3になった。
「ちょろちょろウゼエんだよ!死ねやああ!!」
おーおー、今度はロケットランチャーかよ。
俺だって無駄に逃げ回ってるわけじゃ…。
「当たったあ!!」
ねえよ!!
「シュート!!」
俺は飛んできた砲弾を俺を追って団子状になっていた連中の方へ蹴り飛ばした。
「ギャアアアア!!!」
敵はあと10人ってとこか。
俺の残り時間あと20秒。
若干負傷者が出たようだが気にしちゃいられねえ。
連中は市民じゃない。
市民を不幸にする犯罪組織の末端構成員だ。
その辺は割り切らないとこんな修羅場やっていけねえからな。
敵はあと数人。
軍勢の8割が地に伏して動かねえ光景に奴らは見るからに動揺している。
「くそ!やってらんねえよ!!」
そろそろ出ると思ったけど、逃げ出す奴が数名。
「ほらお前らで終わりだ。」
まだ立ってた根性のある残り数名に鉄拳を喰らわして地に伏せる。
チンピラ軍団はこれで殲滅完了。
―能力終了10秒前。9…8…7…。
スーツのカウントダウンが始まった。
残るは…。
俺は一番奥にいた黒塗りの車を蹴飛ばした。
「後はオッサンだけだぜ?アレステクノロジーの社長さんよ。」
黒服が俺を睨みながら出てきて後部座席のドアを開けた。
禿頭の小柄な老人が普通じゃない気配を漂わせながら車を降りる。
「ふん…なかなかの前座だったなワイルドタイガー。だが…。」
オッサンは不敵に笑い気障ったらしく指を鳴らした。
雨の降りしきる闇の中から現れたのは…。
「パワードスーツ!!」
がしゃがしゃと鈍い金属音を立て、鉄の巨人がCEOの横に並び立った。
畜生!今出すのかよそれ!!
―…2…1…能力終了。
くそっ!!
こいつに集中砲火されたらトランスポーターがもたねえ!!
中にいるバニーと斎藤さんが…。
「ワイルドタイガー、君の同胞を思う雄姿は見事だった。」
CEOはイヤらしい笑いを浮かべ俺をじっと見た。
「そんな君に免じてもう一度だけチャンスをやろう。」
こういう時にドヤ顔の悪党が何を言うかは見当がつく。
けっ、聞きたくもねえな。
「わが身がかわいけりゃバニーを差し出せってんなら断る。」
俺は吐き捨てるように言った。
「そんなにバニーが欲しけりゃ俺をぶっ殺して力ずくで連れてけ!!」
「そうさせてもらうしかないようだね。残念だよ。」
パワードスーツの銃砲が俺に向けられた。
ジェイクたちが使っていたのより性能がいいのかその動きが妙に早い。
さすがに能力切れでどうにかなる相手じゃない。
ごめんバニー。
カッコつけたけど俺ここまでかも。
その時背後でシュンと扉の開く音がした。
まさか…。
「させるかああああ!!!」
轟く怒号が耳を衝く。
振り返るより先に眼の前に紅い流星が降ってきた。
「馬鹿っ!!なんで出たバニー!!」
バニーはとても高熱があるとは思えない切れのある動きで俺を振り返った。
「僕だって、貴方を護りたいんだ!!」
それだけ言うとバニーはパワードスーツに飛びかかった。
鈍重なスーツが避け切れず100倍に高められた一撃を喰らった。
バニーの制限時間はあと4分30秒。
「バニー…。」
能力の切れた俺はただあいつを見守るほかなかった。