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2. トラブルメーカー

 

<ただ今電話に出ることができません。ご用件を…>

虎徹は溜め息をつき、メッセージを入れずに通話を切った。

BUNNY END CALLの文字と仔兎の画像がふっと消える。

携帯をローテーブルに投げ出し、今度はPDAで呼び出してみた。

CALLING BARNABY

拒否の表示は出ないものの、応じる気配もない。

DENY(きょひ)じゃないだけまし…か。」

虎徹は力なく肩を落とし、PDAを切った。

いつかの無断欠勤の時と違い、通信自体は生きている。

<合わせる顔もない…ってことか。>

虎徹はバーナビーが独りで追いつめられ、煮詰まっているのではと

気が気ではなくなっていった。

「バーナビーはどうしたというんだ。犯人の能力か?

拡声器の音量を落とした斎藤が気遣わしげに訊ねた。

ラウンジで寝ていると思っていた患者が突然遁走して

病院に向かう意味もなくなったトランスポーターは

今はアポロンメディアに向かっている。

「走行中に外へ飛び出すなんて、尋常じゃないぞ。」

斎藤に本当の顛末を言うわけにもいかず、虎徹は頭を掻いた。

「いや…まあ…。どうも精神に作用する能力だったみたいで…。」

それを聞いた斎藤はああと納得したように頷いた。

「バーナビーはよく言えば繊細、悪く言えばメンタルが弱いからな。」

「バニーは悪くない!!

突然声を荒げた虎徹に斎藤は細い眼を見開いた。

「あ、すいません…。でも、本当にあいつは何にも悪くないんすよ…。」

虎徹は頭を下げ、大声を出したことを詫びた。

精神攻撃に屈したバーナビーに非があると

言われたような気がしてしまった。

だからといって斎藤を責めるのも筋違いだ。

「そう、バニーは悪くない。悪いのはあの犯人で…。」

虎徹はそう言って携帯を見つめた。

「そうだ…。それだけでも言ってやらないと…。」

ちょっとすいませんと斎藤に断り、虎徹はメールアプリを立ち上げた。

 

甲高い電子音が携帯から鳴った。

バーナビーは虚ろな目で携帯の着信表示を見た。

Mail from Kotetsu

心配か叱責か、あるいは…。

見るのは怖いが、これ以上無視し続けるわけにもいかない。

バーナビーは震える指でメールフォルダを開いた。

 

送信者 虎徹さん

件名 大丈夫か?

本文 バニー、大丈夫か?

さっきはびっくりしたけど、

俺はお前を責めるつもりはないから。

お前は何も悪くない。

悪いのはあの犯人だから。

心配だからとにかく何か返事をくれ。

 

バーナビーはメールを見て重い息を吐いた。

きっと彼も動揺しているだろうに。

それでも自分を気遣ってくれる優しさが、今は辛い。

バーナビーはのろのろと返信を打った。

さっきは本当に済みませんでした。

申し訳ありませんが、少し時間を下さいとだけ。

 

虎徹はバーナビーからの返信を見て心配そうに顔を曇らせた。

「どうだ、バーナビーの様子は。」

虎徹は斎藤の問いに首を横に振った。

「少し時間をくれって…。斎藤さん、バニーの居場所分かります?

斎藤は暫し虎徹の顔を見つめ、小さく頷いた。

PDAGPSを使えばすぐ分かる。だが…。」

虎徹は斎藤の懸念するような表情に、ああと思い至った。

「一人になりたいみたいだし、突撃はしませんよ。ただ…。」

 

会社や自宅にいるなら安心だし、そっとしておいてやります。

でもそこがビルの屋上や断崖絶壁なら、

すぐにでも駆けつけて引っ張り戻さないと。

考えすぎかもしれないし、そうであってほしいけど。

斎藤さんの言うとおり、あいつメンタル弱いから。

 

「そうだな。念のため、確認しておこう。」

斎藤は車内にあったPCを立ち上げGPSの検索を始めた。

ほどなく画面に兎のエンブレムが表示された。

周辺地図を確認し、斎藤は虎徹に笑いかけた。

「安心しろ。自宅にいるようだ。」

その言葉に虎徹は胸をなでおろした。

「ああ、そうだ。アニエスとロイズさんにも報告しとかないと…。」

仕事にも影響が出るだろうし、上司の判断を仰がねば。

アニエスは犯人の情報を掴んでいるかもしれない。

虎徹は携帯でまずロイズのアドレスを探した。

<出来たら今は休ませてやりたいんだけどな。>

そう思った矢先、虎徹のPDAが鳴った。

 

「犯人の能力が分かった!?それで、どんな?

虎徹は画面のアニエスを見つめた。

「それがね…。結構厄介なのよ。」

アニエスは手にしたA5の書類束を振った。

 

奴の能力は<暴露>。

対象者の心の奥に秘められた何らかの感情を表に引っ張り出すこと。

対象者がそこまでして奥にやってしまうほどの感情だから、

大抵はとてもネガティブなものね。

その抑圧された感情が暴発して、周囲にも影響を与える。

だからNEXT被害者が二次的に加害者になるケースが多いの。

恨み、憎しみ、殺意…。

わが子をどうしても愛せないっていうのもあったわ。

被害者Aは夫の不貞を耐え忍んでいたけれど、

偶々出くわしたあいつの能力でその心が暴発、夫を刺した。

被害者Bはずっと自分を苛めていた同級生を暴行。

まあ、どれも似たり寄ったりなんだけど。

母親に「あんたなんか産みたくなかった」って罵られて

鬱になった子供のケースもあったわね。

司法局から回ってきた警察の調書を見てウンザリしたわ。

どうもあいつは揉め事を周囲に起こして

快感を感じるトラブルメーカーみたいね。

今回はたまたま、本人を巻き込んだ傷害事件に発展しただけ。

犯人が有名進学校から落ちこぼれて無職ってこともあって、

被害者のほとんどが何らかのエリートコースにいる人よ。

ああ、バーナビーもその範疇に入るわね。

そういう人を自分のとこまで引きずり降ろしたいんでしょうよ。

とんだ下衆野郎ね、全く。

それと、能力の効果はその秘密を暴露した時点で終わってるわ。

もっとも能力の効果が終わっても、後腐れの残るケースが多いけどね。

被害者の今の居場所、Aは刑務所、Bは少年院だから。

で…バーナビーはまだ眠ってるの?

 

虎徹はどこまで話したものか逡巡した。

ヘタに話せばバーナビーの心の傷がより深くなる。

だが、出動への影響を考えると彼女に黙っておくのも得策ではない。

「バニーは…さっき起きて…。」

虎徹は言葉を選びながら、概要だけを伝えることにした。

 

俺とちょっとトラブった。

大丈夫。

刃傷沙汰にはなってねえよ。

どっちも能力切れだったしな。

あいつ、俺に言いたいこと相当溜めこんでたみたいでさ。

言いたい放題言われちまったわ。

いや、能力で無理矢理言わされたのか。

そのことであいつすごく落ち込んでて…。

でもそれ、俺が何とかするから。

だから今日はバニーの出動、休ませてやってくれ。

頼むよ。

 

アニエスは虎徹の様子に不審を感じた。

一方的に罵詈雑言を喰らったにしては態度が変だ。

虎徹はもともとバーナビーの攻撃的な態度に慣れているから?

いや、違う。

虎徹は言いたい放題に『悪口』を言われたとは一言も言っていない。

アニエスは虎徹の表情をじろじろと眺めた。

「バーナビーは大丈夫なのね?

その言葉に虎徹は見抜かれたかと動揺したが、なんでもない風を装った。

「ああ、大丈夫。それに俺と揉めた時点で能力は効果切れなんだろ?

「ええ…そうね。」

アニエスは頷いた。

「なら心配ない。バニーのフォローは任せてくれ。」

「…分かった。事実は伏せてバーナビーは出動による負傷ってことにしておくから。」

アニエスは虎徹に全面的に任せることにした。

何にしても、バーナビーは今日のところは視聴率を稼げない。

それなら負傷で欠場のほうがまだマシだ。

「じゃあ、そっちの件はよろしく。何かあったらあんたは出動するのよ。」

多忙なTVマンらしくアニエスはじゃあと通信を切った。

 

「…くそっ!

虎徹は両の拳で机を叩いた。

「あの野郎…。よくもバニーを!!

真相が見えた途端、虎徹の胸に激しい怒りが湧きあがった。

「よくもバニーを侮辱してくれたな!!

 

 

→続く