3.恋慕
「よくもバニーを侮辱してくれたな!!」
虎徹は犯人への激しい怒りに全身を震わせた。
それと同時にバーナビーの受けた心の傷を思うとただ辛くなる。
バニーは俺のことを本当に好いてくれていたんだ。
それをあいつはずっと胸の内にしまっていた。
たぶん、この先もずっと言うつもりはなかったんだろう。
俺が鰥夫とはいえ既婚者で今も指輪をしてるからか、
俺にゲイだと蔑まれるのが怖かったからか。
それでも諦められなくて、
自分の気持ちを心の奥に閉じ込めて、
ただ相棒としてだけ俺と一緒にいようと…。
なのに、あの野郎はバニーの心の大切な部分を
薄汚い土足で踏みにじったんだ!!
<お前も社会から落ちこぼれろ!シュテルンビルトの王子様!!>
あの捨て台詞の意味がやっと分かった。
もしあの場所でバニーが胸に秘めた恋慕を叫んでいたら…。
今まであいつを散々持ち上げたメディアや市民は、
掌を返してバニーを差別し、糾弾しただろう。
自分たちが勝手にあいつに抱いたイメージを壊されたと憤って。
そしてスポンサーを失い、ヒーローを失職したかもしれない。
ただ、一人の同性を愛したというたったそれだけの理由で。
あの野郎はバニーを破滅させようとしたんだ。
逮捕される自分と共倒れにしようとして。
「絶対、許さねえ…!!」
虎徹は今日ほど犯人を憎いと思ったことはなかった。
無論、犯人がバーナビーの恋慕を知ってのこととは思わない。
アニエスに聞いた話から考えれば、
清廉な正義の味方の裏に隠された悪意や憎悪を
期待していたという方が妥当だろう。
「バニー…。」
虎徹はバーナビーの涙の意味を思い、痛ましさに顔を歪めた。
舌や手を噛んでまで必死で押し殺そうとしたその想い。
二人きりの場所でさえ、口にすることを頑なに拒んだ。
それを言ってしまったら終りだと思っていたんだろう。
「ごめんなさいって…。あいつ…。」
人を好きになって、それを謝らないといけないなんて…。
「謝ることなんて…ねえのに…。」
虎徹は脱力したようにソファに沈み込み、両手で顔を覆った。
<虎徹さん好きです!>
そう言ってしまった後の、バーナビーの絶望したような表情。
あんな悲しい告白があるなんて。
そうじゃない、と虎徹は思いなおす。
自分の意思で言って後悔したんじゃない。
能力の影響で、暴力的な衝動で言わされたんだ。
ずっと大切に隠していたものを強引に曝されたんだ。
そんなの心のレイプみたいなもんじゃねえか!!
心を蹂躙され深く傷ついて、発作的に走る車から飛び降りたんだ。
…可哀そうに…。
<あいつ、今ごろ家でまた泣いてるんじゃ…。ああくそ!!>
あの殺風景な部屋で一人打ちひしがれているのでは。
そう思うと虎徹は居ても立っても居られない。
何とか連絡したいが、それでは余計に追い詰めてしまう。
だが一人にしておいても傷が癒えるとは思えない。
思うに任せない現状に虎徹は頭を掻きむしった。
そしてふとあることに気がついた。
<あれ…。俺、バニーに惚れられても気持ち悪くねえぞ…?>
自分にそっちの気はないはずだがと虎徹は首を捻った。
だが、バーナビーの慕情を知っても満更でもない気がする。
むしろ、何故か嬉しいのは一体…。
「あー…。なんだこれ。俺どうしちゃったの?」
「どうしたタイガー。」
虎徹の呟きに斎藤が怪訝な顔をする。
「あ、いや。なんでもないっす。はは…。」
誤魔化し笑いを浮かべて、虎徹は斎藤に背を向け頭を抱えた。
男に愛の告白されて、気持ち悪いとか勘弁してくれとか。
本人に言わないまでも、普通は心の中でくらい思うはずだよな?
…別に、気持ち悪いとか思わねえぞ。
って、なんで??
もし告ってきたのがロックバイソンとかだったら…。
吐く。殴る。
じゃあバニーだからオッケーってことか?
そりゃあいつ、見た目はすげえ美人だし。
性格も…あれで意外に可愛いとこあるんだよな。
めちゃくちゃ頭良いのかと思ったら
すげえ子供っぽいとこあったりとか。
やることがたまに予想の斜め上行ってたりしてさ。
一緒にいて飽きねえんだよな。
ああ、うん。
俺あいつ好きだわ。
人としてか色恋って意味かは分かんねーけど。
あれ?
…分かんねー…って…俺…?
いやいやいや!!!
そこ分かんねえのは結構マズイんでないの?
「だっ!!」
虎徹は頭がこんがらがってきて口癖の叫びをあげた。
これ以上考えるとすごい結果に行きつく気がする。
虎徹はそっちは一度保留だと頭を振った。
「今はバニーをどうフォローするか。犯人どうやってぶっとばすか。」
とりあえずお題はその二つだ。
他はその後だと虎徹はもう一度ない知恵を絞った。
「バニーのほうは…今日は放置!」。
構いすぎると追い詰められて何するか分かんねえから。
特にあいつの場合、文字通り何をするか予測できないから。
そっとしとく間に考えようと虎徹は結論付けた。
「犯人のほうは…。ああ、くそ!」
虎徹は忌々しげに舌打ちした。
犯人はもう逮捕されている。
いっそまだ逃走中ならぶん殴れる機会もあったのに。
警察の管轄に入った犯人はヒーローといえど
容易には手出しできない。
まして、内部に強力なコネのあるやつなら。
それが虎徹には歯痒かった。
その意味では朗報なのだろうか。
その時けたたましくPDAが鳴った。
「ボンジュー、ヒーロー!大事件発生よ。」
そう伝えるアニエスの声は微かに震えていた。
「さっきバーナビーが確保した連続傷害犯が警察から逃走したわ。」
事件の概要を聞き、虎徹は通信を切った。
犯人を追跡しようと立ち上がった虎徹のPDAが再び鳴る。
その表示を見て虎徹は驚いた。
「…バニー?」