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SP

 

1.犯行予告

 

「いい?これはライブ放送しない…いえ、できない極秘任務だから。」

いつもはPDAの一斉通信を使って指示を飛ばすアニエスが

ヒーロー全員に招集をかけたのは今から一時間ほど前だった。

「全員すぐに集まって!!

場所は機密保持に最も適したトレセンの談話室。

「行きましょう虎徹さん!」「おう!!

「悪いわね、後お願い!!

「先生すみません!早退します!!

すわ大事件かと、それぞれが取材や会議、授業を放り出し

全員が慌ただしく集まるまで30分とかからなかった。

テロの予告か、NEXTが何らかの犯行声明を送りつけでもしたのか。

緊張の面持ちで8人の視線がアニエスに集まる。

 

「今回貴方達に集まってもらったのは、市長の護衛をお願いしたいの。」

アニエスの言葉に皆が顔を見合わせた。

「市長の護衛?まさか全員でか!?

下されたミッションに驚きの声をあげたのは虎徹だった。

「そう、ヒーロー全員でという市長の依頼…いえ極秘命令よ。」

司法局の管理下に置かれるヒーローに行政の長が命令?

ネイサンとバーナビーはあからさまに不審げな表情を浮かべた。

「貴方達の言いたいことは分かるわ。でも堪えてちょうだい。」

あいつに命令権なんてないのにとアニエスは忌々しげにそう呟いた。

「普通のSPでは対処できない案件なんですか?

バーナビーも怪訝に首を傾げた。

「相手にNEXTがいるかどうかも不明なの。万一に備えてのことよ。」

その言葉にスカイハイが困ったように眉根を寄せた。

「しかし、全員でというのは…。その間に犯罪が起きたら誰も対処できない。」

その言葉に一同が頷いた。

「そうねぇ。極秘命令って言ったって情報なんて漏れることを想定すべきだし。」

「市長を陥れるつもりなら…犯行声明をネットで拡散して市民の不安を煽るでしょうね。」

「だいたい、ヒーロースーツ着て市長を取り囲むの!?

「何かありますって宣伝しているようなもんだな。」

口々に上がる戦略性の不備にアニエスは柳眉を寄せた。

「そ・れ・が!市長が全員総出で警護しろって言ってるのよ。」

あの馬鹿市長。

小さな声で吐き捨てられた本音は皆にスルーされなかったことにされた。

「それよりアニエスさん、事件の経緯を。」

話の概要が全く見えないことに苛立ったバーナビーがアニエスを促した。

「ああ、ごめんなさい。つい…。」

アニエスは気を落ち着け、皆をここに集めた主旨を話しはじめた。

 

先日のセブンマッチでの市長のリーダーシップ欠如が

市民オンブズマンの間で問題になってね。

事なかれ主義と優柔不断、先を見る力のなさ。

お飾り市長とかマーべリック社長の傀儡政権って

言われてもまあ仕方ないのは事実ね。

肌の色やNEXT・非NEXTを問わない実力重視の人材登用するとか、

彼独自の行政にはそれなりにいいところもあるんだけど…。

とにかく市民の中に反市長派の動きができてきてるの。

とはいっても、今まではせいぜい市庁舎の前でデモ行進するだけの

大人しいものだったんだけど。

あの性格でしょ?

これがまた、のらりくらりとした応対をしちゃったのよね。

それで一部の過激派から市長に脅迫文書が複数届いたの。

 

「脅迫文書?どんな内容なんですか。」

アントニオの問いにアニエスは何枚かのコピー用紙を出し、

テーブルの上に広げた。

現物は警察に保管されているという脅迫文書の複写だった。

 

―市長は役立たずだ。

―税金泥棒。今すぐ辞任しろ。

―辞任しなければお前ら家族の命はない。

―我々は本気だ。既に用意は整っている。

―妻子が大事なら迷う余地はない。我々は本気だ。

 

「それじゃサムも!!

パオリンの悲痛な声にアニエスは頷いた。

「そうよ。これはベイビーサムを護る任務でもあるわね。」

「ボクやるよ!!サムに手出しなんて絶対にさせない!!

パオリンは強い意思の宿った目でアニエスを見た。

 

 

「だからって市長を全員で取り巻いても仕方ない。」

虎徹はアニエスに言った。

「市長が四六時中、妻子連れてうろうろするわけにいかねえだろうが。」

「市長を全員で守ればより弱い夫人とサムが狙われますね。」

バーナビーの指摘に虎徹は頷いた。

「手分けして任務にあたろう。結果は全員で市長一家を護るんだ、同じことだ。」

 

ドラゴンキッドとブルーローズは市長夫人とサムの警護を頼む。

男だとトイレとかついて行けねえ場所があるからな。

俺とバニーとロックバイソンで市長の警護を務める。

ロックバイソンは黒服で一般SPの恰好をしてれば大丈夫だろ。

それに顔出ししてるバニーが側にいれば相手も迂闊には動けない。

ファイアーエンブレムと折紙は情報収集を頼む。

ファイアーエンブレムは主に政財界の方を。

折紙はネットの市長関連のデマ拡散とかそういう市民発信の方を。

スカイハイは上空からの俯瞰で監視してくれ。

遠方からの狙撃は俺たちでは防ぎきれないからな。

アニエスはオデッセウスに掛け合って、情報班が仕事しやすいように

通信方面のフォローを頼む。

あと回線は常時オープンで。

万が一、警護中に他の事件が起きたら司令塔の声が聞こえたほうがいい。

あ、後腐れなくあれも決めとこう。

ポイントは全員一律な。

警備組と情報収集組で不公平が出るのは連携に不利益だ。

いいな、アニエス?

 

アニエスは虎徹の采配にほうっと感心の息を漏らした。

「いつも思うけど、あんた案外うまいわよね。こういう段取り。」

その言葉に虎徹は困惑気味に顎を掻いた。

「市長とか上の方がいつも適当すぎるんだよ。」

 

 

「た…頼みますよ。」

市長は市長室を訪れ、警護についた三人に早く犯人を捕まえてくださいと懇願した。

「貴方には手出しさせません。ですが、くれぐれも勝手な行動は慎んでください。」

バーナビーは暗にいざとなったら貴方はやりそうだというニュアンスを含ませた。

「バニー、あんまりビビらせんなよ。いっそ市長が勝手してくれりゃ陽動になる。」

「タイガーさん。」

眼で咎めるようなバーナビーに虎徹は冗談だよと笑った。

<眼が笑ってない…。>

市長はむしろワイルドタイガーの方が怖いと身を竦めた。

「ところで市長さんよ、アンタ犯人一派に心当たりはないのか。」

アントニオは黒服に身を包み大きなサングラス越しに市長を一瞥した。

「こ…心当たりなんて。」

助けを求めるようにバーナビーを見ると、彼はにこやかに頷いた。

「そんなこと言われても、沢山ありすぎて分かりませんよね。」

その言葉にぶはっと虎徹が噴き出す。

「す…すいませんね市長。こらバニー、仮にも市長に向かって。」

仮にもを強調した虎徹にバーナビーは困った顔を向けた。

「仮だなんてタイガーさんこそ言葉が過ぎますよ。」

反駁もできず哀れなほど縮こまる市長に、アントニオはまあまあと肩を叩いた。

「安心しろ。あんなこと言ってるが、あいつらは必ずあんたを護る。」

「ほ…本当によろしくお願いします。」

虎徹とバーナビーは任せてくださいと頷いた。

「アンタが市長として適任かどうかはともかく、今その職務にあるのは事実だ。」

「脅迫や暴力で市政を変えようなど許されることではありません。」

その言葉に市長はやっと安心したような表情を見せた。

「正直、私の身はどうなっても良い。妻と子だけは…。」

その言葉に虎徹は頷いた。

「その気持ちを、もうちょっと市民にも向けてくれよな市長さん。」

 

その時ドアが三回ノックされ、40歳くらいの女性が入ってきた。

人種は南米系ラテン民族だろうか。

褐色の肌と後頭部で纏め上げた黒髪の美しい知的な美女だ。

タイトスカートから年齢の割に引きしまったしなやかな脚が伸び、

シックなスーツの襟元をボリュームのある胸が押し上げている。

アントニオは思わずぼうっと見とれ、

虎徹に肘で脇腹をつつかれバーナビーに咳払いされてやっと我に返った。

「市長、お呼びでしょうか。」

女性は虎徹たちに会釈すると上司の側につき従うように立った。

市長は女性に三人を紹介するように掌を向けた。

「ああ、例の件で私についてくれる護衛だよ。黒服の彼もヒーローだ。」

市長はヒーロー三人に女性を掌で示した。

「副市長だよ。私の腹心の部下で非常に優秀なんだ。」

「いつもTVで拝見しています。このたびはお世話になります。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

紹介された三人は副市長とそれぞれ握手する。

「分からないことは彼女に聞いてくれ。」

市長のその言葉に三人は腹の中で理解した。

<市長が分かっていないことも彼女なら分かっていると。>

彼女は行政サイドの事実上の窓口として紹介されたのだろう。

「早速ですが、副市長は犯人に心当たりはありませんか。」

バーナビーは当人に聞いても無駄だったのでと、またも言外に含ませた。

「そうですね…。」

副市長は抱えていたタブレットを素早く操作し、

いくつかの懸案事項を表示した。

その動きだけでも市長とは違うと窺い知れる。

タブレットを除きこんだ虎徹はその画面に眉根を寄せた。

 

―セブンマッチ後の復旧工事に関わる業者落札について

―イーストブロンズ地区復旧工事に関わる住民立ち退きについて

―被災住民の仮設住宅設営の遅れと市民の陳情について

 

「これらが未だに市議会でまとまっておらず、市民から不満が寄せられています。」

虎徹はその話にうーんと唸った。

「どれも誰かが得をするしないで揉めそうな案件だな。」

「本当に火種だらけですね。」

「で、市民にはちゃんと返事をしたのか?

三人の視線を受けた副市長は困惑顔で市長を見遣った。

だが市長は何も答えず、ただ気まずそうに視線をそらすだけ。

「だろうな。」

「し、しかし皆に公平にしようとすると…。」

市長の言い訳にバーナビーは言いわけはもういいと言わんばかりに首を振った。

「全員にいい顔しようとするから身動きが取れないんですよ。」

「バニー、そこまで。」

窘めた虎徹にアントニオはこいつ…と内心で苦笑した。

<バーナビーに言いたい放題言わせてから『若気の至り』で済ます気だな。>

実際バーナビーの言っていることは世論とそう遠くないはずだ。

現に虎徹はバーナビーの言いすぎを窘めるが内容は一切否定しない。

しかしそれは副市長も同感だったようで、

上司の手前遠慮がちにながら細い顎を縦に揺らした。

 

「心当たりとしては、特に下の二件が困ったことになっています。」

副市長は立ち退き反対の陳情と仮設住宅の遅れについての文書を開いた。

「立ち退きと仮設住宅か…。被災地の再開発にはつきものだな。」

「この地区は貧困世帯も多いし、出て行けと言われても困るだろうな。」

バーナビーは黙ってタブレットをじっと見つめ顎に手をやった。

「バニー、どう思う?

虎徹はバーナビーに訊ねたが、バーナビーは首を横に振った。

「これだけではなんとも…。」

「だよな…。」

虎徹も困惑したように頷いた。

その時携帯の呼び出し音が鳴り、副市長が懐からスマホを取り出して通話に応じた。

「市長、タイタンインダストリーのスミス様がお見えだそうです。」

「分かった。行こうか。」

市長は執務の席を立つと副市長を伴って出て行こうとした。

「すまない、ちょっと約束があってね。」

「ロックバイソン、中へ同伴して警護を頼む。俺たちは外を。」

アントニオは虎徹の眼に何かの意図を感じで頷いた。

 

「で、本当はどう思ったんだバニー?

市長がタイタン社の工事関係者と面談中、会議室のドアを挟むように並び立ち

虎徹はバーナビーに訊ねた。

「立ち退きや仮設より、臭いのはむしろ工事発注の件ですね。」

バーナビーは周囲に眼を配りつつ会議室の中を睨んだ。

「大手企業が後ろにいれば反社会活動は容易でしょう。」

「タイタンか…優良企業だが、汚職となると個人の暴走ということもあるか。

ブルーローズなら何か分かるかな。」

虎徹の言葉にバーナビーは首を横に振った。

「彼女はヒーロー事業部以外の事は何も知らないでしょう。

むしろファイアーエンブレムさんの方がこういったことには明るいかと。」

ヘリオスエナジーと付き合わずに重工業事業は不可能だという

バーナビーの言葉に虎徹はそうだなと頷いた。

素早くPDAでアニエスに連絡を取り、

ネイサンにタイタン社のスミスという人物について調べるよう依頼した。

「あ、ついでに折紙にも残りの二件について何か出てないか聞いてくれ。」

―他に知りたいことは?

バーナビーは一瞬何か言いかけたが、思いなおし口を閉じた。

「…いや、特にない。」

虎徹の言葉にアニエスは分かったわと答え、一旦回線が切られた。

「バニー、何考えてる?

虎徹は聡明な相方の顔を窺い見た。

「相変わらず凄い勘ですね。でも今はまだ口外できるレベルでは…。」

バーナビーはまだ言えないと首を横に振った。

「確証が持てないならあえて聞かないでおくよ。揃って予断が入るのもなんだしな。」

いざとなったら真っ先に伝えてくれるだろう。

虎徹はそんな気持ちでバーナビーを見て笑った。

「俺はお前が信じてくれるって信じてるから。」

その台詞にバーナビーがくすっと笑った。

「信じてますよ、タイガーさん。確証が持てたらまずあなたに。」

虎徹は頼むと答え、後は中の様子に神経を集中させた。

 

 

続く